痩せ迷う妖精 1
木の若芽

あたたかい風 新しく芽を出した植木鉢に留守番をさせて 久しぶりに友達に会いに行く 頭のゆがんだ痛みに映る初めての風景が だんだんとはっきりした存在する勇気に変わってきた時 みんなが私の味方になってくれる 旅ゆく人よ 帰って来たら話をたくさん聞かせてくれると約束してくれる人よ なぜか私の中に歩いている姿がいつもあったよ 旅の途中で作る歌が空と海を越えて届き私の傷を癒していたよ 地球は太陽を愛しています 地球は月を愛しています 地球はそして宇宙に在ることができる 太陽はあんなに熱く燃えているのに 月はあんなに冷たくこうこうとしているのに 地球も水瓶座も乙女座も北極星も愛しているはずです 愛しているから在ることができるのだけど 愛されているだけじゃ在ることができない 愛は旅のように宇宙をめぐるもの どこかにあるものじゃない 空を歩くことにするよ 過去に未来を見通していた魔術師になった気分で 帽子も忘れないでかぶって 空は太陽も月もすてきに近くてまぶしいからね 私に色をつけたいの 私にメロディーをつけたいの 私はつたない言葉です 言葉の夢は色がつくこと 言葉の願いはメロディーがつくこと つたなくても響くことです もうそろそろ また正直にならせて 子供の時のこととか 何年も前にあったことが むしょうに思い出されるようになったら またその夢に戻らせて 今度こそ迷わずまっすぐ 初めて歌を知った 初めて自由を知った 初めて愛を知った その時のことを思い出せる? あなたは 旅で知ったんだ そうだ 途切れていた旅の続きをしに行こう もう一度歌を知るために もう一度自由を知るために もう一度愛を知るために やさしくなればなるほど 決心は強くなる 朝は日がさし 夕方は雨が降るように やさしい恵みが贈られるほど 迷いは消えていく いたずらな天使のせい? 気まぐれな妖精 それとも悪意の魔鬼のせい? 木々が微笑むのは? すずめが朝の歌をうたうのは? 光の中を宇宙の粒子が走るのは? こんなにやさしいのに 決心は強くなり 迷いは消えていく カーテンを開ければそこに もう雨戸を閉じなくなったさんさんとした窓辺に 喜び色の草が茂っている すりガラスにぼんやりと透けて 太陽にくっきりと輝いて おまえたちも空を飛びたいように一心に上を向く 一心に上を向くものをなぜか愛するよ 坂道を登るのが好きなのもそのせいだよ 草も木も空のいのちから来たんだね 葉っぱが空のかけらに見えるよ 人の愛を上に飛ばそう 隣りにあるものはものの翳 もっと上に華やかに飛ばそう 一瞬の永遠のようにね あのとき喜んであきらめたり捨てたりしたものが 春の雨といっしょに降っている そしてもっと荒れもようになる 気持ちよくずぶぬれになるくらい このような快い刺激をあなたは与えられない どうしてこんなに自分から恐れず擦り減っていったんだろう 今まで生きている間いちばん美しかった私が あの島で待っている もう決して北には行かない 香りの薄くなったポプリに 青紫のしずくをたらしてやろう それが私の涙でもよければ 雨がたかぶり 雨が凪ぐ 涙のように遠く近く 妖精の声が聞こえる その歌は聞き取れないのに 誰の言葉よりやさしい 危険なくらいやさしい 時計の針のように心は回らない 時計の正確さを狂わせたくなる 新鮮な無気味の朝 遠い友の歌声が私を思って近くに響くことを かなわぬ空想に描いて テレビのチャンネルのように心は作動しない テレビの電波の確実性をこわしたくなる 澄んだ破滅の朝 私の宇宙の中心は 透明な花 月が夜空を渡るはやさで歩くんだ 雲も鳥もない空に かすかに吹く風のような 誰にもわからない安らぎの中で 私はいのちを味わい 夢を飲む 心配というよどみの名い 美しい泉の水に沈み 私はいのちをなで 夢をかぐ ラベンダーの香りにもう一度つつまれて スティービー・ワンダーの歌に目を閉じた 曇ってきた昼下がり さっきの電車の窓からの景色は 知恵の書物のように 穏やかに教えていた 愛も夢もはてしなく 人を出会わせ別れさせる 止められない流れなんだ 愛を大胆に 手びねり こそげ 盛り上げて 自在闊達な形を作ろう 永遠をユーモラスに 波打たせ 穴をあけ 輪に結び 比類ない形にしよう 置き手紙には書いたけど 黙ってここに持って来たいたみかけのりんごも香る 懐かしい友人のくれた手紙の字が達筆になっていて いたみかけた愛と夢を彼女もかいでいるらしい 体の中にまぎれもない生命を育みながら このりんごたちを食べるかどうしようか 電話口で泣いた後で 歌を忘れた小鳥のように 黙ったまま 太陽や風の中を 行ったり来たり たんぽぽが綿毛になっている 飛んでいくために やさしく手紙を書こうとしても まだ心が言葉を思い出さない 五月なのに どこに行ってもどこにいても この体の中で打ち続けている心臓 矢車草のような紫だよ 青白い雨のせいで私はますます幽霊みたい 私の読める本もない 私の見れる絵もない 私の着られる服もない 私の歌える歌もない どんよりした雲のせいでこんなに目が見えなくなる 何も見つからないだろう まぼろし以外 コーヒーを一杯飲みに行ってもいいのかしら みかんを一房食べてもいいかしら 映画を見ても、水族館に行っても、絵本を買っても、恋をしてもいいのかしら 薬を飲まなくてもよくなるように あふれていく、あふれていく 目をつぶるとよくわかる あふれているものが ことごとく、ことごとく 水晶でできたしゃぼん玉のように張りつめている 涙であればよかったのに ガラスの花 美しく硬く張りつめていないと咲けない 花のやわらかさと香りを知ったのは 南の島を旅した時 あの時だけが 私の本当のやさしかった時間 南に行くために生きよう 南の島で やさしい花と咲こう 死にそうな顔をしてるだろう 負けるもんかという言葉も夢の中のようにつぶやくことしかできない 今日旅立った人が いつか帰って来たら 私は あてにしたら壊れる だから希望というより暗示 いろいろなものに引っ張られて その痛みで呼吸していた あの頃にはもう戻りたくない 戻っちゃいけない たけのこが顔を出す季節だから また開いた傷に雨が降っても 待っていた夕陽がやっと現れて 癒されれば癒えるんだ 藤の花が下がっている 愛している人をもう思い出さない 恋している人をまず思い出す だけどもう決して 愛も恋も結晶しない 言葉を知らない木のやさしさで 言葉を知らない空の自由さで もう決して結晶させない あったかい日は南を思いやすい 草の匂い 長くなった日の中に 続く道をたどって 南へ着くことを思いながらお酒を飲むのを 楽しみとして帰る この南の夢をわからない人を 内心恐れては もういたくない ほかに何が美しい? 緑のほかに 何がほかにやさしく守ってくれる? 緑のほかに 木につぶやこう 私を助けてねと 緑いっぱいの木の下で 果物を売るおばさんになりたい りんごやみかんやバナナ すももやパパイヤやすいか 色とりどりに山に盛って並べ あとは歌でもうたってるんだ 土には木の根がこんなにはびこってるんだ 力強くて楽しくなるな 根っこをまたいで歩くのは かいた汗をひんやり乾かす木陰の風 緑にからまれて ひとつ残して 食べたりんごの痕跡を抹殺しました もう一度親子をやり直しましょう また まだ 緊張してる こんなことしたり言ったりして 春の裏に狂気が潜み 空の弱みをついてくる 誰も知らない空の弱みをどうして知っているんだろう 狂気ゆえの勘というのがあるんだ なんとなくわかる 冷たい赤い星空に癒されていると 裸ン坊の男の子が笑いながら駆けてくる 私は踊らずにいられなくなる 手かせをはめたまま 夢の中に何百年も生きてきた 化け狸のおはやしに合わせて よく眠れ よく眠れ ぶんぶく茶釜のお茶を飲みながら ビートルズを聴き ケルト族の歴史と バリの祭りの話をしよう 沖縄の浜で 今夜十分なナイトキャップ 涙をかわかし冷えた心をあっためる けれど毎日降る夕立のように非情な時もある愛 過去を流し去るには梅雨を待たなくちゃならないね そして海の向こうから帰ってくる誰かを まぶし過ぎないうららかな日に 一人で歩いている私のように 柳が緑に揺れてたから ビートルズを聴きながら二階でピクニックしよう 絵本をひろげ 絵葉書をまき散らす さあ夢の準備だ 目覚めには百合の油を眉間にぬる りんごの宇宙なのか 宇宙のりんごなのか 見つめているとわからなくなるような赤い1個50円のりんごを おふろで裸で一人で かじっている 人は自分のために生きるのか 誰かほかの人のために生きるのか とにかくがんばらなくちゃならないのか のぼせながら 夢の恋を夢見て洗う体 もっと歌えるように豊かになろうと ないしょのりんごのうれしさに胸ときめかせて 待っているうれしさに似ているな 待たれている感じとはちがうな アフリカの太鼓を聞きながら夢の恋を夢見る相手は ばらの匂いとラベンダーの匂いとりんごの匂いが混ざり合うあたたかい日 白いレースのカーディガンでも すべての人を喜ばせることはできないね ああ満月のようにすわっていたい 風の強い家の二階に住み始めて 私の心はハタハタとはためく感じを覚えた 風が持ち去っていってもいいものを 潔くわたしてしまえ 日の光のお使いが戸惑わずにやって来れるように 晴れた日はいっしょうけんめい窓をふく 咲こうとしているばらを見ている 咲くのは簡単なこと? 咲き続けるのはきっと大変なことだろうね 枯れる方がたやすいかもしれない 日一日と形を変えていくのがばら 形は変わってもばらはばら それだけ宇宙の真実が これだけばらを守っている 宇宙の真実よ 愛からさえも 私を守って 眠っている人を起こさないように 安物のブリキのバケツに 私を傾けて中から出てくるものを一滴残らず注ぎ入れる そしてそれをもう一度 頭からかぶるのだ そうしたら 自分自身がもう少しわかるかしら 朝の雨にクレーの絵を見ていたら 雨の音が少し小さくなったような また大きくなりだした雨の音に合わせてなのか アコーディオンの音楽に合わせてなのか それとも純粋に私の呼吸に合わせてか 筋肉のひとすじひとすじが クレーの絵の線になると 私は『オリエンタルな悦楽の園』 子供の声とともに雨があがった この世界からこの世界へ 私を救って連れ戻す 生きている声 いのちの音 子供の声とともにばらも咲いた 忘れてもいいことが山ほどあって 覚えておくことは本当は少しでいい 静けさの中にその少しのものたちが響く 暗闇の中にその少しのものたちが光る 雨上がりの鳥の声もそう 夜の栗の木の花も 頭の上にはさっき歩いたような 緑の何重にもかさなった気持ちいい道が続いてるかもしれないのに 地下を走ってる 早く地上に出るのを願いながら 夏の素足にきっと心地いい麦藁のスリッパを買ったけど にわか雨が来そうだ 干したふとんをぬらさないように急いで急いで帰るんだ にわか雨でも帰ったらふとんを入れて 裸足になって麦藁のスリッパをはいてみるさ そしたらすぐ雨なんか上がる 水平線と地平線が おんなじようにひらけていく 私の目の前に それを誰が止められるだろう 覚える必要もない それは毎瞬間ひらけていく 私の目の前に それを毎瞬間感じるだけだ 雲が風に流れていくことを 空のどこかに日月が輝いていることを 覚える必要もない 誰も止められないことは 毎瞬間感じることができるんだもの 恋や水平線 愛は地平線 つなげていくと天の黄道をたどり 銀河の輪へつづいていく 星の映る海に 昼間は日が照り輝き まぶしい世界に出るのが いつかこわくなくなるだろう 恋をすれば 愛をまた新たにもてれば いろいろな花たちが咲き群れるお花畑に ひばりもさえずりながら舞い上がっている 新しい白い帽子にさわやかな 陽射しと風のぐあい なのに私の心は あるひとつの方向にどうしてもひらこうとしなくなって それを悲しむのに疲れた心に よく効くというお茶が要るのだ ばらのある部屋に帰って うれしいことを考えたい 失敗はいいもの 涙はいいもの そんな言葉が書かれた本をかかえて 必死で言うべきことをさがした 突然の再会 蒸し暑い大通り 赤カブはカリコリカリコリ…と 際限がなくて 放心して食べているとほんと 際限がなくて 昼間から残酷なシーンのある映画をやってるテレビ 見ているようで少しも頭にはいってない 赤カブをただいっしょうけんめい カリコリカリコリ… 旅人は食いしん坊と寝ぼすけと友達になる 罪人じゃない彼らと 心やさしい彼女らと 果物の匂いのする雨が降る季節になった 私ってとても鼻がきくんだと気づいた なんだかうれしい りんごの時季は終ったので いつもりんごを置いといた場所に 干したプルーンを置くことにしよう また果物の匂いの雨が降ってきそうだ 夜風が不安だった頃を 通り越す 五月の最後の日 月は満月にもう少し でも明るさは何にもひけをとらず 私をベランダに誘った 誰か月光の下隣りの家の屋根の上 私のために 踊ってくれませんか 歌ってくれませんか 私のために 月のミルクはお酒と同じ作用をもって 浴びる私にしみとおる 何年ぶりですかお月さま あなたとこうして二人きり 真正面に向かい合って 見詰め合いでお話するのは 相変わらずやさしかった ときどきは夜空の下へ出なければいけなかったんだ 目を閉じても 月のミルクのしずくが肌を流れ しこりもおりも溶かし去って わたしは綺麗になる 私の心は 素敵の種をくるんだ桃の実なのだ 育んで甘く甘く育んで 私の体は 素敵な桃の実をつける緑の木なのだ 熟して甘く甘く熟して すっくと立っている 輝くような 私の影がその人の影になるように 過去にあったことは定かでない 確かなのは未来があるということ 昨日も先月も去年も なかったのかもしれない あるのは明日 私が持っているのは明日 この明日という輝く砂のようなものだけがにぎられる 前にひらけた道を もしも曇らせるものは どんなものでも振り払わなければ 憎しみは醜い そんなものに私の前の道を行くのを邪魔されてはならない 薬草と果実の赤い酒を飲んで 元気づけ ただ行くために 憎みも戦いもしない ただ行くために 前にひらけた道を どこかを歩いてる誰かと同じ気分 このいい気分 四年間の旅をして 帰ってきたんだ グレーがかったピンクのモノトーンのページばかり この旅のアルバムは すぐにかすれて褪せて消えてしまうだろう 幻のような年輪だけ残って 背中の遠くでかすかな虹が立つ夜 月に私の影が映る 六次元の世界の住人が 八次元の世界の住人と ぴったりはいかない 見えない流れが聞こえない音で 断ち切られ かすれ消えていく 時間ってそんなものよ 過去は今用をなさない 歴史に興味はない ひのきの香りの風のある森で せせらいでいる透明な水 妖精が映る 安らいでいる空みたいな気持ちで見入っていると すぎの木は高い高い そしてまっすぐまっすぐ 妖精がうかがっている てっぺんから緑の視線をおろして 真珠は海の 青く白く 金銀に つつまれつつまれ 大事に育ち やさしい女の手に掬い取られる 旅で見つけた木の香 旅から帰って来て見つけた草の芽 どっちも宝物 旅で解き放つものは 気持ちよく飛び立っていく うちで解き放つものは 親密にまわりを取り巻く どっちもうれしいもの 寝ころぶとレースのカーテンがなびきながら 罪のない安らぎを歌っているのが見える 今日は蒸し暑いし 友達にかけた電話も冷たかった そんなふうに思うなんてまだ ほんとの私じゃないんだ 午後の風はさっきと違う さあまどろんでしまうほうがいい 一人も二人も 生きるも死ぬも 夢まどろみにはかなわない 冷たさにも蒸し暑さにもかなわないほど ほんとの私じゃないんだ オリーブ油のつやを心にもぬりたい 木の実の甘い匂いが 胸からただよう さんさんとした光の空気がわいてくるのを吸いこもう ビールも飲んだし あとは夜風だ 表へ出ると雲の下で雲の上のお月さまは見えない しゃがんで胸の内がわから心臓をぎゅっとつかまれる感じにまた襲われる なまあたたかく なま明るい ぴりぴりと夜の妖精が私のいることを察知する なつかしい 木の力をむしょうに感じる あの香りをかいで 心の中に森がうっそうと 緑に染まってどこまでも 狭い庭で花に水をやっていると 心の木がむくむく動く 部屋でキーボードを打っていても 心の木はさりさりさざめく 起きたばかりの朝のベッドの上では 木の言葉がいちばんはっきり聞きとれる 雨がやんだのがうれしいのか悲しいのか さっきの雨は実は楽しかったのに 悲しいんだ びわの実がいっぱいなってる木が見える道から帰ったよ 雨の中 雨雲のはしっきれが用事を終えて去っていく くじらみたいに またできそこないの人形を作ってしまった わたし 爪はぬらない けど帽子はかぶる 約束も守る なのに幸せになれるかしらなんて心配しちゃうの 本を買ってアイスクリーム食べてビデオを見る それが昼間から許される幸せとは違うの 違うの? まだ明るいのに子供は帰っていった もうすぐ夏至 大切なこと 一年でいちばん太陽が長く出ているんだから その日の力をどうしたら一日で体にたくわえることができるんだろう 花に水をやることは忘れまい 愛してたものを 愛せなくなって 愛さなくなって これは最悪の罪かもしれないけど 犯しても誠実でいることはできるのかもしれない 子守唄の代わりに吸血鬼の映画を見ていたら 誰も愛してない今がとても悲しく思えてきた 青い冷たい匂い 夜の早い夢の 誠実に眠れ 悲しく 詩人になりたくなる美しい映画を見た なのにほら 字がふるえている 小さな幸せ見つけても さびしい 地下鉄に乗るように 小さな感動で微笑んでも かなしい 甘い菓子のように 旅をする理由は 幸せになる理由が 元気になる理由で 旅をするためなら 幸せになるために 元気になるためだから なんでもできる 助けをつぶやく心の底で だめになりそうなのをこらえる頭の重さを かき抱きながら 空中に手を泳がせ 涙のもとを探す そんな自分もみんな愛そうよ 気分が悪い気がするかい 何もかも忘れられないかい そんな自分も愛していいんだよ 馬鹿におなりよ 内側で何か劇的に変わりそうなふるえと痛みと苦しみを 風に向かう瞑想とガムランの音楽に助けられながら 熱くなっていく 動いていく 流れていく 生きている血が りゅうりゅうとわたしを喜びにひたしながらめぐっているのか 今夜一晩身をまかせよう どうしたら憎めるのかわからない思い出の町 もう歩かないだろう 6月の末にはふっさふっさとあじさいの咲く家に住んで あじさいに似つかわしくない思い出の町はもう歩かない 6月の末には降ったりやんだり眠たくなる日が多くて あじさいに似つかわしい体になろう もう憎むのもいやだからあの町は歩かない 誰にも気づかれないいっしょうけんめいがある 空が降ろうか降るまいか悩んでいるのと同じくらい わたしだって 花屋は休み あちこち工事中 そのせいじゃないことがわたしのまわりの大部分 昨日から通りすがる人を すがるように見ている この人はやさしいかな この人は大らかかしら 私自身は真っ白い紙でできた紙飛行機のような気持ちで どこに行くのか知らず やさしい大らかな止まり木が 紙飛行機にはないのだろうか 午後はずうっと鏡を見ていよう そこに映っている私は 私の宝物のはずなんだ ずうっと見ててもいいよね 雲におおわれた空に世界は映らない 私の心でよかったら 惜しまずぬらしてしぼってふいてあげるわ 願いがまだ幻想で かなわないのも無理はないと わかっている顔をしている よおく見て その顔を よおく見て この顔を 私は今こうなんだよ それが今の私なんだよ 願いがちっともかなわない さびしいけど捨てられない まだ幻想の私なんだよ 現実の私なんて不思議にしか思えないものになれるのかしら はばたく それこそ健やかで正しくて美しいことなんだ かもめの飛ぶ姿に思いをはせたことがあったじゃないか はばたくことをやめたら鳥は鳥でなくなる 吹くことをやめたら風は風でなくなる 私もやめちゃいけない何かがあったんだよ 犠牲は決して美しいものではないし 美しいものは何なのか 反対にみにくいものは何なのか それさえわからなくさせる 今の私 花を見てきれいだと思うけれど もっともっと深く見なくちゃいけない 本当の花の美しさを見るには ゆっくりゆっくり深く見なくちゃならない 真の花の美しさをわかるには 犠牲にしてしまったものは もっとゆっくり深く自分を見て取り戻していくの 私が生まれてすぐ 船に乗りこんだ その船は錨を 草で編んだ綱でつなぐ そんな船でも 行くところはさまざま 青い海を横切り 星の下の運を横切る まぶしい太陽を追い越し 刻まれた縁を飛び越える 汗が出るくらい 青く青く青く クレヨンを塗る 息がはずむくらい 緑に緑に緑に クレヨンを塗る 5枚の落書き 芝生に寝ころぶみたいに 床にちらばしてみる 出口の門にやっとたどりついた 高い高い柱が左右に立って 風が吹いている 流れのある光が私を見てる 風と流れにもうさからわない と学んだ旅の最後の笑顔で この門を出る あと何歩か 悪い妖精のことを思い出してごらん それはわたしそっくり 何も残らない残さない 空の中の電気をおびた流子のように ものや人をかすめて通る それだけ 香る花を焦がしたような 妖しい匂い それに似た悪い妖精さ 私は つぐないきれないことをした それを忘れられる ひどいやつは誰だ 聞かないで 私は私に言う それは私だから 嵐が楽しかった 折れるかねじれるかわからないきわどさが 嵐は続かない そよ風は続いていく わがまま池に育った浮き草 たっぷりわがまま水を吸って浴びて 30年分はしみこんだ しみこんだ水が涸れる時がやがて来て 苦しんでいる浮き草 今度はすなお池にたぷたぷひたりたい すなお水を思いきり吸って浴びて 死ぬまで生きていいのなら みんな遊びだったんだもん 本気じゃなかったんだもん 廃人になって当然 生まれてから今までのこと どんなに細かく見てみても なにひとつ 宙ぶらりんの気持ちじゃなかったことがない 人のクズになって当然 太陽が私にも降り注ぐ時があったから 風が私にも通っていくところがあったから 生きてこれただけ みみず 土の養分を食べながら もぐり むぐり 土をやわらかくしながら くにゅり うにゅり みみずになってしまうよ きらいで顔をそむける 会わせる顔がない いったいどっち 天秤にかけたら どっちが下がる 会わせる顔がない方に下がるのは想像がつくよ はっきりとね だからのっぺらぼうになるんだ 私は妖怪 おっぺけぺのぺ 旅もしてみた 働いてもみた 結婚もしてみた でもみんな本気になれなかった あと何をすればいいだろう 10年分時間の針を逆に回して 18歳になれても 何をすればいいだろう 一瞬の本気 だけじゃない何か でもやっぱり永遠というのはうそくさい気がする 人に生まれてこなければこんなにはならなかったのにな 生まれ変わったら人間にだけはならないだろう たぶん爬虫類か鳥 すずめもわたしに背を向けてる だってあっちには空があるんだもん 私の体も頭もからっぽだ だからイカかクラゲかもしれない こんな想像は爬虫類や鳥やイカにもクラゲにも失礼かもしれない 心だけは何か詰まっているようだ だからココロという得たいの知れない未知の生物になるかも こんなにちっぽけな自分が ちっぽけだと心底わかってから 人の痛みをわかってあげたい 日陰にすわって わかるのかい わからないけど ちっぽけだから 人の痛みの中に入って行ける ちっぽけな上うすっぺらなんだ だから人の痛みをくるんであげられる んではないかしらと考えるのが 今の生きがい
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