渓谷で知られる出雲市の立久恵峡にある旅館の主人から電話をもらった。 この方とは旧知の間柄である。季節季節に撮影に程良い頃合いになると連絡が入る。 「新緑が今ちょうどいいよ」と主人。 「それはどうも。ところで今少し忙しいので、五月に入ってからではどうでしょう?」 「五月では遅いね」と主人。 おしなべて新緑なるもの五月で十分と思っている私は「えっ・・・」と反応してしまう。 「微妙な緑の違いがなくなってしまうよ。今月のうちがいい」 なるほどと頷く。長年この地で営み、この地を慈しんでいる人は違うと思う。 木々によって成長のスピードは違う。色合いも千差万別、今が旬というわけだ。 遅くなればみんな似たり寄ったりの緑になってしまう。早すぎても同じことだろう。 対象をおしなべて見てはいけない。繊細であらねばならぬ。 これが今回の撮影の教訓であるし、この年になって、こんなこともわかっていなかったの かという苦い思いでもある。
写真と文:村上 馨 撮影地:島根県出雲市『立久恵峡』