『春の漁村風景』 



 先般さる方の葬儀に参列するために、生まれてはじめてこの辿り着くのも不安になるほ
どのこの漁村を訪ねましたが、ここの風景に妙に惹かれるものがあって、その後改めて撮
影に出かけてきました。
 人の匂いや気配とかがほとんど伝わってこない閉ざされた民家の佇まい。それもそのは
ずです。聞くところによれば、過疎化が進み、民家の半数近くが人の住んでいない空き家
になっているということでした。人のざわめきがない町というのは、静けさを通り越して
沈黙する町とでも言ったほうが当たっているほどの静寂が漂っていますが、そこには、今
我々が何を手に入れ、そしてその代償に何を失ってしまったか如実に物語るものがありま
す。
 廃屋や土の落ちた壁、朽ちた広告看板。使われないまま放置された生活用具や仕事の道
具。そんなものを写し込んでみましたが、まるで時間が在りし日のまま、停止してしまっ
たかのような錯覚に陥ります。冬明けた春の目映い陽光がそれらを白日のもとに晒すと不
思議な色合いと陰翳が浮かび上がってきます。かつては愛おしかったはずもの、そして今
はそこには紛れもなく無いものへの無性な懐かしさ、ノスタルジーに襲われ思わず胸熱く
なります。
 最初の写真は、後半の写真と対比させるために、春の海岸風景を切り取ってみたもので
すが、紺碧の海は歳月をいくら重ねてもいつまでも変わらない。一方人の手に為る町はど
こまでも変わり続けていく。またいつの日か時は回帰し、この沈黙の破られる日が来るや
もしれません。春の陽を一斉に浴びて、きらきらと光跳ねる民家の甍がとても印象的に映
りました。


















写真と文:村上 馨 撮影地:島根県簸川郡大社町鷺浦(2004年春)


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