吉野千里

その日も、今日のような小春日和だった。空がどこまでも澄み渡り、干す洗濯物でさえ、  この空の中に吸いこまれていくような気がした。   私はその洗濯物1つ1つを、白さを確かめるように広げては、パンパンと皺を伸ばして  いた。   そんな作業も終ろうかという時、私はふと、家の前の坂道を見上げた。坂の上から何や  ら近づいて来るものがある。   白と黒のなんだろう、小さいものだ。私は普段、メガネをかけない。車の運転や買い物、  しっかりと何かを見るという目的を意識しない限り、ぼんやりとした世界を眺めているの  が好きだったりする。だからそれがハッキリと小さな子猫だと分かるまで、たぶん猫か犬  だろうなぁ、とそんな曖昧さを楽しんでいた。   でもその楽しみも緩やかに不安へと移ろいでいった。なんだか違う、なんだろう。   子猫の鳴き声が私の耳に届くくらいに、それは近づいてきた。ミャアーミャアーとひっ  きりなしに鳴いている。かわいい声なのだが、どこかが違う。私は金縛りにあったように  身動きできなくなっていた。歩き方が異様なのだ。子猫独特のあの愛くるしい歩き方では  ない。   もう私はなんだか知らなくてもいい気持ちにもなっていた。見ずに過ごせるのなら、そ  の方がいいような気もしていた。   でも子猫は私の目にしっかりと飛び込んでくる、黒に白のブチ、小さな、ほんとに生ま  れて間もない、幼い前足だけで進んでいる。下半身を左右に揺さぶって、ズルズルと引き  ずっている。   車に跳ねられたのだ。そう感じた。大きな瞳と甘える鳴き声、反対に見るも無残な下半  身。子猫は私を見ていた。   私は目を反らしてしまった。「ここに来ないで 来ないで…」そう願ったが、私はどう  して私の所に子猫が来るかもしれないと思ったのだろう。私は洗濯籠を抱えたまま、まだ  その場から動けなかった。あの子猫が鳴きながらも、私を見つめながらも、ただ私の前を  通過して、私の視界から消え去るのをひたすら待ち望んだ。   子猫はだんだんと近づいて来る。どこから来たのだろう、こんな坂道をあんな身体で。  いつ跳ねられたのだろう。   子猫は、私の目の前までやって来て、少しも迷わず向きを変え、真っ直ぐ私の所へと近  づいてくる。道はまだ先まであるのに、家だってほら、他にまだあんなにあるのに…。   とうとう子猫はゆっくり私の足元へ辿りつき、擦り寄って動かなくなった。そして私を  見上げる。あの瞳で…。   ああ、やはり来てしまった。何でここなのだ。何で私なのだ。あんなに遠くから進んで  来たのに、もう少しも動こうとしない。ぴったり私の足元にくっ付いて、ミャアーと鳴く  だけだった。   私は洗濯籠を横に置くとしゃがみ込み、怖々子猫に触れた。むやみに触れたら痛がるの  じゃないかと思ったが、大丈夫のようだった。もしかしたら、もう痛いという感覚もない  のかもしれない。   そっと抱き上げてみた。子猫はされるままに身体を伸ばし、私にすべてを見せてくれた。  下半身にはもう骨らしきしっかりしたものがない。バラバラなのか粉々なのか。ぐにゃぐ  にゃの足先から、血や汁や汚物なのか、わからない雫が垂れる。   よくこれで生きていると驚いた。確かに死の匂いがしていた。こんなに生まれたてで愛  らしく、ミャアーと鳴くというのに…。   私は小さめのダンボール箱を探して、中に新聞紙を敷き子猫をそっと入れた。それにし  てもいい天気だった。子猫に柔らかな陽射し、白い洗濯物、土曜日、当たり前のように過ぎ  ゆく今が、淡々と穏やかで、鮮やかに残酷だった。   洗濯物を干しに外に出て、なかなか戻って来ない母親を待ちかねたのか、私の子供達が  外に出てきた。すぐさま子猫の入ったダンボールを見つけて「かわいい〜」と近寄って行  く。   はしゃいで覗き込んだあどけない顔が、すぐに強張っていった。  「どうしたの?この猫ちゃん、少し変だよ。」   「多分、車に跳ねられたのだろうね。」   「ここで?」   「うんん、ずっと上から歩いて来て、お母さんの足元に来たの。」   「どうするの?」   そう、まったく3歳の娘の言う通りなのだ、どうすればいいのだろう。我が家では、夫  と姑が大の猫嫌いだったのだ。3歳児と2歳児の子育てをしている私には、この小さな子  猫の命が重すぎる。   私は迷う事なく役場の衛生課に電話をかけた。  「あの〜、車に跳ねられた猫がいるのですが…。」  「あー、はいはい、それ専門の人に連絡しておきますから、住所とお名前と電話番号を教  えて下さい。」   とても馴れた応対だった。  「それが、まだ生きているんですよ。」   「あー、はいはい、伝えておきます。あっ、だけどね、土日は休みで月曜日にしか引き取  りに来ないですから、どこか邪魔にならないところに置いておいてください。」   私は住所などを伝え、お願いしますと受話器を置いた。  「月曜日かぁ〜」と溜息混じりに復唱しながら、"それ専門の人"という言葉にも意識が囚  われていた。   きっと、こういうのに馴れているのだろうな。道路で無残に横たわっている、猫や犬や  イタチ、狸、時々猪なども、数日のうちに何事もなかったように消してしまう。"それ専門  の人"。   さて、月曜までの二日、このまま外にこの子猫をほうって置く事だけはできないと思った。   夕方になり、夫と姑が帰宅し玄関の戸を開ける。 「ただいま。」  玄関に置いてある子猫の箱を見て二人とも後退りした。   私は今日の出来事を話し、なんとか月曜まで子猫をここに置く事を無理やり承諾させて  しまった。   子猫はずっとミヤァミャアと鳴いていた。母猫が恋しいのだろうか。私は古毛布を適当  な大きさに切って、子猫を包むようにかけた。子猫は安心したのか、それから鳴かなくな  った。   夜になり子供達を寝かせ付けて、私は子猫の様子が気になった。   私が覗き込むとピクリと顔をあげて私を見つめる。ああ生きていたと思う。よく見ると  箱の中に、おままごとの小さなお皿。それに小さなおにぎりらしきものがのせてあった。  いつこんな事をしたのだろう。娘の仕業だとすぐわかった。   そうだよね。お腹すいたよね。私は牛乳を人肌に温めると、小さな容器に移して、箱の  中に入れてみたが子猫は飲まない。容器を子猫の顔まで持っていき、飲む様に仕向けるけ  れど、やはり飲まなかった。「飲まないと死んでしまうぞ」と子猫に言ったものの、冷え  込んできた玄関に、私の声が響くだけだった。私は暫くそこに座り込んで、子猫をぼんや  りと眺めていたが、ある思いつきに急かされた。   ドタバタと突き動かされるままに、薬箱から脱脂綿を探しだすと、切った古毛布の残り  を私の膝に広げて子猫を包み、脱脂綿に牛乳を浸し、子猫の口元で軽く搾ってやった。白  い流れが子猫の口の中に消えていく。染み込ませたほとんどは古毛布が吸ってしまってい  たのだが、少しでも飲んでくれればと、それを繰り返すしかなかった。   私は一時夢中になっていたが、背後に人の気配がして振り向いた。姑が覗きこんでいた  のだった。  「そうしているのを見ていると、昔を思い出すねぇ。」と話はじめる姑。   姑の息子、つまり私の夫は8ヶ月の早産で未熟児だった。今の季節は稲刈りの忙しい時  で、農家の嫁だった姑は無理をしたのだろう。産婆さんも「育たないかもしれない」と言  うほど小さかったらしい。保育器もなく、また姑は母乳も出なかった。哺乳ビンを吸う力  も無かったので、粉ミルクを脱脂綿に含ませて与えていたという。今みたいにガスもなく、  真夜中の授乳も七輪の火起こしからである。   そんな話から始まって、延々と昔の嫁としての苦労話をしている。私は嫁いできてから、  同じ話を何十回と聞かされているが、黙って聞いているしかない。   姑にとって何度話しても、話し尽せない事であり、やり直せない過去であり、そしてそ  れが今の姑である証なのだろう。   私は姑が話している間も、子猫に牛乳を与え続けていた。   夫が居間から顔だけ出して「そんな事していると情がうつるぞ」と言われたが、私は「そ  うだね」と答えても、止めはしなかった。   ミルクの匂いは生の匂いだ。むせるほど甘い匂い。古毛布はこの生の匂いだらけになり、  生の匂いで死の匂いをやっと包んでいた。今思えばそれはただ単に、私の自己満足にすぎ  ない事だったかもしれない。   私は子猫を箱に戻すと、そのミルクの匂いのする毛布を、蓋をするようかぶせた。夜中  に子猫が鳴く事はなかった。   翌朝一番に子猫の様子を見ていた。やはりピクリと顔を上げて、生きていた。私は子供  達の前でも、脱脂綿のミルクを与え続けた。   娘が聞く。   「ねぇ、これで猫ちゃん助かる?」   私は少し答えに困ったけれど、「たぶん、助からないと思う」と娘を見ずに答えた。   この子猫は、このままでも、明日"それ専門の人"に連れて行かれても、死からは逃れら  れない。   「死んじゃうの?」   「うん…たぶんね。」 「そうかぁ〜。」   娘はゆっくり子猫の頭を撫でて、笑っていた。   3歳の子供に、消えゆく命がどう受け止められていたのか、私にはわかるはずもなかっ  た。   月曜の朝、少し弱ってはいたものの子猫は生きていた。夜中に鳴く事もなく、何事もな  くまるで当たり前のように生きている。こうして覗きこんで子猫の瞳を見ていると、この  ままこの子猫は生きるのではないかとさえ思えて、そんな錯覚が私を責めはじめていた。  ひょっとして、もしかして、私が動物病院に連れていけば、この瞳が乾く事は、白くなる  事はないのではないか。けれども、家で猫は飼えない。ましてや命が助かったとしても、  後遺症があるであろう猫の、一生を看る自信は私には全くない。この日に及んで、どうし  ようもない事に大きく揺れていた。   子供達は今日がお別れだとわかっている。箱の横に娘と息子、ちょこんと二人並んで、 「元気でね」と子猫の頭を撫でていた。あまりにも無邪気で、子供達の方が穏やかに落ちつ  いていた。   今まで私は心のどこかで、この子猫がこの日を迎えることなく、死んでくれたらと願っ  ていた。私の目の前で死んでくれていたなら、やはり死ぬ定めだったのだと、子供達と御  墓を作るか、「人間と同じで焼いてあげよう」と子供達に諭しながら、"それ専門の人"に  胸を張ってゆだねる事ができたはずだった。   この子猫を、いや、この子猫の親猫か、またその親猫かは知らないが、捨てた人は必ず  いるわけで、優しい人に拾われなさいと願ったのだろうか。今でもあの時捨てた猫の瞳を  思い出す事があるのだろうか。はたまた、この子猫を跳ねてしまった車の運転手は、何を  感じたのだろう。もう死んでしまったと思っているのだろうか、または、子猫を跳ねた嫌  な一日だったと気持ちを片付けてしまっただろうか。そんな決着をみないことを思い、行  き場のない感情をあちらこちらにぶつけていた。   夫の「情がうつるぞ」の言葉が浮かんだ。あの子猫と目が合った時から、私の中で産ま  れた小さな小さな歯車は、ゆっくり回り始め、今はどこにも噛合わず、ガックンガックン  と虚しい音を立てている。   ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。とうとう来てしまった"それ専門の人"。私はドキ  ドキしながら玄関を開けた。  「おはようございます。役場から連絡を受けてやってきました。」  「おはようございます。ご苦労様です。宜しくお願いします。」   私の想像では、かなり年配の人が来ると思っていたが、"それ専門の人"は30代後半の  若い男性だった。グレーの作業着の下には白いカッターにネクタイをキッチリ締めて、  とても礼儀正しい人だった。  「あの、猫はどこに置いてありますか?」   その人は、黒の大きなゴミ袋を広げながら聞いている。   私は子猫の入った段ボール箱を抱えて、「あの、ここなんですが」と怖々答えた。"それ  専門の人"は私と子猫の顔を交互に見比べて、驚いたように「まだ生きてるじゃないですか」  と叫んだ。   「はい…。」   私は心配だった。まだ生きていたら連れて行けないと言われるかもしれない。そうした  らどうしよう。夫や姑にまた話して、それに私だってそんなに猫ばかりにかまっていられ  ない。そんな事ばかりが頭を巡っていた。   「これは酷い。」   その人は箱から子猫だけを抱き上げると、子猫の力なく歪に伸びた後ろ足を熟視しなが  ら、言葉を続けた。  「わぁ、おまえ、よく生きてたなあ。前の道で跳ねられたのですか?」   その人は子猫の横から首をかしげて私に聞いている。  「いえ、どこで跳ねられたのかはわかりませんが、この坂道をずっと下ってきたのです。」   「この身体で?」   「ええ。」 「そして、あなたが助けてあげたということですね。」 「いえ…その子猫が私の足元まで来たから…それだけなんです。」   私はその人から目をそらしながら答えた。  「…そう、ですか…。はい、わかりました。ところでこの毛布はどうします?箱は?」   「お邪魔でなかったら、そのままでも…。」   「この牛乳の入った容器は?」 「それも…かまいません。そのままでも…。」   その人は、1つ1つを確かめるように子猫を箱に戻した。  「おじちゃん!」   いきなり娘が口を挟んだ。子供にとって来客はとてもうれしいものらしい。ピンポーン  とチャイムが鳴れば、バタバタと用もないのに私の横にいつも並び、何か声をかけてもら  うのをそわそわと待っている。ましてや、この人は子猫を連れて行く人だとわかっている  から、興味は尚更だった。  「なんだい?お嬢ちゃん。」  「あのね、その猫ちゃんは自分で飲めないから、綿で飲ましてあげないとダメなんだよ。」  「ふーん、そうなんだ。」   「ちゃんとしなきゃだめだよ。」  「あははっ、よくわかったよ。」   「す、すみません。」   私は慌てた。  「いえいえ、大丈夫ですよ。」   「でもね、おじちゃん。」   「ん?」  「その猫ちゃん、死んじゃうんだって、お母さんが言ってた。」   「……。」   その人は私の顔を見ながら、そのまま腰を下ろし、娘を見てゆっくり答えた。  「…そうだね…、生きているものはいつか死んじゃうね。だからいっぱい大事にしない  とね。」   娘は胸をはって嬉しそうに「うん!」と答えていた。  「じゃあ、おじちゃんが子猫もらっていくね。」   「うん!」  「お願いします。」と私。   「はい、確かに受け取りました、それでは失礼します。」   そう云うとその人は立ち上がりながら、子猫の箱を抱えて玄関を出て行った。子供達が  裸足のまま外に飛び出して行く。私は玄関先で立ち止まった。   もうお昼近くの太陽が、優しく子猫とその人を押していた。   その人は片手に持っていた黒の大きなゴミ袋をクルクルと丸めると、座席へと放り投げ  た。子猫の箱を車に入れようとしたとき、「にゃあ〜」と聞こえた。   久々の太陽が眩しかったのだろうか、箱から子猫の黒い頭が揺れるのが見えた。その人  はまるで赤ちゃんをあやすように、子猫に微笑んで相槌を打つと、箱は車の中に消えた。   「それじゃあ。」   「ばいばーい。」   子供達と手を振り合い、私は会釈し、車は行ってしまった。   私は胸に込み上げるもの感じながらも、とても安心しきっていた。さっきまであれほど  思い悩んでいた事が嘘のように思えた。まるで何事もなかったように、静まりかえってい  る。玄関にあのミルクの匂いのする箱に蓋をした毛布が残っている以外は、いつものお昼  に戻っていた。   それから2、3日過ぎてからのこと、その日もいい天気で優しい陽射しの日だった。い  つものように洗濯物を干そうと外に出る時、娘が聞いた。   「あの猫ちゃん、まだ生きてるかな。」   「うーん、どうかなぁ〜。」   私は生返事のまま、もうきっとこの世にはいないだろうなぁと思いながら外に出た。そ  れでも私はこの青空のように晴々とした気持ちのはずだった。そういえば、あの子猫がや  って来たのも、こんな日だったともう懐かしむように玄関からあの坂道を見あげた。   ところがそこに、私はとても信じられない光景を見てしまった。この坂道を下ってくる  黒に白のぶちのある猫がいるのだ。   これは夢だ、何かの間違いだと私は自分に言い聞かせた。きっと子猫を見殺しにしてし  まった罪悪感が残っていて、それが幻覚を見せているのではないかと、一瞬にしていろん  な事を思ってみたが、確実にその猫は近づいて来る。こんなことってあるのだろうか。私  はとても動揺していた。こんな事があるはずがないと何度も思った。   振りかえると、開けっぱなしの玄関から幼い姉弟の声が響いていたが、それはとても遠  くに感じられた。別の世界に入り込んだような空気に包まれたまま、私はずっとその猫を  見ていたが、その猫は私を全く見てはいなかった。ただひたすら、ちゃんとした猫の歩き  方で、軽やかにしっかりと近づいている。   そのうち私の動揺はある確信へと移りはじめ、少しずつ熱いものとして私のお腹の奥で  ズンズンと重くなっていくのを感じた。   やはりその猫は迷わずに、あの子猫と同じように向きを変えて庭の中に入ってきた。そ  して、あの子猫が私の足元に縋った場所でピタリと止まった。私はある種の感動と、もう  お腹の奥にどっしりとしたもので満たされて、何も怖くはなかった。これがあり得ない事  だ ろうと、夢であろうと、異次元であろうと全く関係なかった。猫はその場所で、顔を  地面に近づけしばらく匂いを探っていたが、顔をゆっくり上げて、しっかりと私を見据え  た。   その猫と私の距離は2メートルもなかった。私も洗濯籠を抱えたまま、その猫をしっか  りと見つめた。そして「…もう、…いないよ」と首を横に振りながらしっかりと伝えた。  猫は私の言葉と仕草を受け入れると、また地面の匂いを確かめ、一瞬、空を仰ぎ、躊躇な  くその身をしなやかに反転し、来た道を戻りはじめた。少し大きくなった乳房が揺れてい  た。もう猫は振りかえる事もせず、どんどん遠ざかってゆく。私はいつまでも見ていた。  その姿が消えてしまうまで、動く事ができなかった。   どこから来たのかもわからない。この数日かけて我が子の足取りを探し当てたのだろう  か。私にはそんな想像よりも、この遠ざかってゆく現実に釘付けになっていた。ほんとう  にいい天気だった。当たり前のように過ぎゆく今が、淡々と穏やかで鮮やかに満ち溢れて  いた。あのとき、私の中に産まれた小さな歯車は、まるで映写機のようにいろんな像を写  しては、この今でも心地よい音を響かせて回っている。ふたりの幼かった姉弟は、この出  来事を覚えていないという。   あれからまもなくの事だった。私が三人目を身篭っている事に気づいたのは…。                                       [了]
 【注記】  この作品は、作者吉野千里さんの了解を得て転載させていただいたものです。  表題の写真は吉野千里さんのホームページから転写させていただいたものです。  吉野千里さんのホームページ『風にふかれるまま』  http://homepage3.nifty.com/senris~arigatou/