なんじゃもんじゃ            「その地方に珍しい樹種や巨木をさしていう称。       クスノキ・ヒトツバタゴ・バクチノキなどである場合が多い。       あんにゃもんにゃ、とも」      (新明解百科語辞典・三省堂)
瀬本明羅

私は、妻となんじゃもんじゃの花を見に晩春の城山へ出かけた。 何年か前、出かけたが、閉ざされた細道を奥へ入ることができず、 止む無く引き返した。 だから、 今度の花との出会いは感激であった。 白い花房が雪のようにかむさっている光景は、 木の歓喜の叫びにも似て、見るものの心に 響いた。 桜とも違うこの白さ、ふくよかさ。 私は、「うっ」と言ったまま、次の言葉が出て こなかった。 このごろ、 何かに打たれると、絶句し、思考が停止する。 失語症に似ている。 ラジオで、ある作家が極貧のあまり、食べ物がなくて 庭に飛んできた雀を捕らえて食べた、 という話を聞いた。 そのときも、「うっ」と言ったまま 何も言えなくなった。 そう言えば、子どものとき、中年の紙芝居屋さんが、 仕事が終わると川に入って、すばやく10匹くらい の海老を捕って、焼いてうまそうに食べるのを見たことがある。 何とも悲しい場面として思い出される。 言葉を失う瞬間は、 そのとき、身についたものかもしれない。 「なんじゃもんじゃ」。「ヒトツバタゴ」。 ・・・・・・名前はどうでもいい。 その姿の華麗で、 それでいて清楚なことよ。 私は、思考停止になりながら、デジカメを握ったが、 深閑とした林の気配の中で、 しばしらくためらった。 花たちの視線は、私の頭上遥か彼方に向けられているのである。 だから、 私は、 1枚だけを、 こっそりと盗み撮りした。