書名『どうして猫が好きかっていうとね』 
原題『WHY WE LOVE CATS』
     キム・レヴィン 写真/文  松本侑子 訳      平成14年7月6日 初版発行      発行所 株式会社竹書房

「どうして猫が好きかっていうとね」。この本のタイトルだけ見ても、心をくすぐられま す。それだけ私は猫好きな人であります。人間を、猫派と犬派とに分けるやり方がありま すが、これは意味深長なものがあると思います。犬は感情の表出が大概ストレートな感じ がしますし、猫は行動・表情から深く心を読み取るという過程を必要とします。これは、 犬と猫の両方を長年飼っている経験から感じたおおよその性格であります。私は、猫のし なやかなそれでいて、油断のならない立ち居振舞いが好きです。             それはさておき、この本は久しぶりに私を楽しませてくれました。猫百態といった写真 集というか、写真絵本というか、そういう気軽に読める本であります。          作者は、キム・レヴィン(写真・文)。訳者は勿論、松本侑子氏です。         右のページにモノクロの写真、左に、猫好きなわけが一行で説明してあります。絵本で よく見る構成です。しかし、違うところは、タイトルの「WHY」に対応して、説明のこ とばが、「because」でほとんどはじまっている点です。             because they blend right in              この上に、松本氏の訳が載っています。「まわりにピッタリとけこむから」(P46よ り)。写真は、草原に座っている姿が載っています。実に、猫という生き物は、どこにい ても不自然さを感じさせません。今、うちの猫は、プリンターの上に乗っています。これ が犬であれば、おやっと思いますね。私だったら。それだけ猫なる生き物は、周囲に調和 し、融合します。                                  松本さんのところには、「玉緒」という猫がいるとか。うちのは、「鈴(りん)」とい います。猫にはそれぞれ人間と関わった歴史を深く内蔵しています。犬もそうです。遺跡 の中から骨が出てきたそうです。猫には、人と関わった歴史から猫独自の精神形成をした のではないのか、ということをこの本を読んで考えました。               because their eyes are the key to their  souls                                    松本氏訳では「その瞳に、魂をうつしているから」(P154より)と表現されていま す。写真は、澄んだ瞳でじっとこちらを見つめている黒猫の写真が載っています。     この本から、さまざまな猫の物語を紡ぎ出すことができます。屋根から屋根へ飛び移る 瞬間の宙に浮いているほんの1秒か2秒の時間に、著者はきちっと猫の姿を撮ることがで きました。この場面の説明を次のように著者は書いています。              because they have nine lives             松本訳では「ことわざにあるように、9回生まれ変わるから」(p156より)と訳さ れています。「ことわざにあるように」という部分は、松本氏の補足です。このページが 一番最後のシーンであります。このことに著者レヴィンは、どういう意味を持たせたか。 しかも、宙を舞う猫の姿と「生まれ変わる」という言葉のつながりは、どう説明できるの か。謎です。「ことわざ」の意味は、猫という動物はなかなか死なないものだ、殺しても また生き返る、ということにあるようです。ですから、表面的に理解すると、たとえ、屋 根から落っこちて死んでも、また生き返るということを表していると思われます。しかし 写真を見ていると、そんな単純なことがらを表しているとは考えられません。「異界」で ある空へ飛び立つ猫のその瞬間と「生まれ変わる」という言葉を結びつけたのか。いや、 屋根の一つひとつがある次元の世界であって、屋根を飛び回ることに「生まれ変わる」と いう言葉を結びつけたものか。レヴィンは、女性です。女性の眼に写る被写体の飛んでい る猫は、もっと深い世界を見ていたのかもしれません。                「リビアネコが祖先とされる。古代エジプトの遺物に見られる首輪をつけたネコの絵やミ イラなどから、当時すでに家畜化されていたと推定。日本へは9世紀頃唐から渡来したと いわれるが、詳細は不明。」(『大事典 desk』・講談社より)             姉妹本として『WHY WE LOVE DOG』という本が出ています。著者は、松本氏の「あとが き」によると、もともと犬の写真を撮りつづけていたそうです。この本も、アメリカで好 評を博したとあります。犬は、猫より古い歴史を持っています。五千年くらい前の遺跡か ら骨が出てきたそうです。猫も紀元前二千数百年ころから飼われていたペット。犬や猫は もうペットと呼べないかもしれません。もっとも人間に近しい生き物です。だから、人間 の心の奥底まで読み取る「霊力」を保持しているといっても過言ではないし、様々な物語 の主人公になりえたのです。                             この本の魅力のもう一つは、松本氏の「訳者 あとがき」です。これを読むと、松本氏 がいかに猫好きか、ということがよく分かります。しかも、猫の習性があますところなく 書かれていて、猫という特別な生き物の本質が的確に表現されています。「思うに、ライ オン、トラもふくめた猫の一族は、魔法とか魔術の空間に多少なりとも通じているのだろ う。(中略)人のたどりつくことのできない異界と行き来できるものたちの神秘をおぼえ る。」(P159より)。「玉緒とは、日がな一日濃密な時間をともにして気持ちが通じ 合っている。しかしうらはらに、私には明かさない猫だけの精神と野性味がたしかにある 。」(p159より)。こういった表現に出会うと、本文のレヴィンのメッセージとダブ り、納得してしまうのであります。