小さ女の詠える



木の若芽

一人静かに遊ぶ時は神のもの 狂うには熱気がいる 戯れるには相手がいる 雨が静か 今は一人 神がいる あの草 この滴 ほほに雨滴流れる 涙滴流れる感触とどこがちがうか わたしは遊んでいる 一人静かに お見事に巣を張り終えて蜘蛛亭主 お疲れさまや朝熟睡せよ 人の幸喜ばんとしうらやみぬあさましさこそ一人身の由 古の文よき酔いの友なりや一人居の幸ここにありとぞ ひとまわり ひとのばし そのひといきで宇宙大にもなれる不可思議 草こそ持てり 夏の庭我に教えること多し一人歩まん人避くとても 我の生は一人が似合うと知り知りつ寂しむ心を木が癒したまう 執着はもともと薄き性なれば一人も易し草に笑いぬ 世界を美しくしようという意図なく鳴く椋鳥の ふふっと笑いを誘うかしましさ 鳥にも道化の役がいて 花にも愚者の役がいて まじめに美しい花鳥のとなりで おどけて荒れて波風立てるよ 垂直にもんしろちょうが舞い上がる 何が彼にそうさせたのか 暑ければ暑いがままに死にゆきしだんご虫の玉ありがころがす 夏雲や鳥もとまれぬまぶしさに まだ力ある 草木から 詩からの力 力あると感じる限り 果たすべきことがある 宇宙からいただいた役目がある 祈ります 祈らせて下さい 生きていきます 生きていかせて下さい 一人 一人でもつながり つながり つながっても一人 祈ります 祈りましょう 生きていきます 生きていきましょう 何につけ凡そ愚かで鈍まなり あるかなきかに こそこそと 隠れ静かに こつこつと 地味に日陰に 安らい生きむ 苔むせよ我の庵は隠れ里 木のつくる気を花と共に呼吸して我らみななぞ幸いなりや 朝の花いのち感じる始めかな 梅雨の露つやもつるんと蔓つたう 打たれても打たれても花したたかや 星想う雨があるなら雨想う星見つけよう宇宙の奥処 雨に聞く星の声 しとしとでなくきらきらと 有情 息のあるものに美しくないものはなし 情のあるものに息のないものはなし さかのぼれば山懐の奥 下れば海懐の奥 川の半ばに夜な夜な夏の月を忘れず 真夜中の空の奥に叫ぶもの 地の底にふるえるもの 心の奥底の叫びふるえも止まない 明けやすい朝さえなかなか来ない くちなしの香をかげばすぐだろうに ふるえふるえ おそれおそれてたどり着く宇宙の果てに裸の我は 泣きながら宇宙太虚にたどり着き身をゆだねれば眠れ眠れよ 庭は宇宙の蛹(さなぎ) 草も木のように仰ぐ小さなわたしは何の蛹 見下ろしても見下ろしても草は我の上 木の下に生きてぞ我は我となる 我を忘れた真の我に ここにいる どこにも行かぬ 庭にいる 木の下にいる 草の中にも そんな我に親の顔する鳥もおり こういうふうになるように こういうふうにできている いのちと宇宙の互いが 喜ぶように 喜ばせるように 静かなる力もらいき雨望月 在るということ自体が力 のうのうと息しているよ のうのうともらっているよ 力を息を 存在を神を 縁の下をとかげが走る この家はわたしの家かとかげの家か 戸のすきを虫が通り抜ける この家はわたしの家か虫の家か わたしはとかげと虫の家に住まわせてもらって とかげと虫の地球に生きさせてもらってるのじゃないか もったいないこと もったいないこと 花の蜜だけを吸い 木の液だけを飲んで生きているものがいる わたしをいつかそんな生きものに生まれ変わらせて 宇宙よ よろしく 花と花で花に生き 木と木で木に生きるわたしになっても 言葉や声なく詠いつづけるから 心の耳で感じとって みなさん よろしく 民話には涼しさありて ふるさとのすいかきゅうりの水の味 ふるさとのないわたしにも どことなくなつかしきかな 龍も河童も まちがえて一時間早く時を合わせ 起きれば白い雨白い時間 雨の音聞き子供にかえる ガラスの魚水に入れれば泳ぎ出す 雨の音聞き子供にかえれば 花を食べ種を食べ葉を食べ根を食べ 香りを食べ 味を食べ 食べてばかりの食いしん坊 愛するあまりに 花を詠い種を詠い葉を詠い種を詠い 雨を詠い日を詠い 詠ってばかりの詠いん坊 愛するあまりよ やましいもの何もなく 新しい月を迎え 新しい日に起き 新しい息をしている まっすぐに花を見 まっすぐに鳥と歌い まっすぐに虫と笑っている やましいものない幸せ 毎日同じ花を摘み 毎日同じ菜を食べ 毎日同じ道を歩く そのことにやましさない やましいものない天と我と生 幸せはここに 悟りにもっとも遠いわたし おそろしいほど愚かな思い上がりに落ち 罪なほどつたなくつけ上がりに憑かれ 過去の自分の方がなんと美しく 過去の詩の方がなんと清らかだったことか つたなさつつましく おろかさおくゆかしく 守るが乙 何よりもあの方が草よりも木よりも近くおなかの中にいつもいらしてくれる 結局みんな愛してるから 何を愛してるのかわからず つまりみんな感謝してるから 何を感謝してるのかわからず わからないから 風に吹かれてるばかり 空を見上げてるだけ 鳥のように飛ばず 犬のように駆けず 頼りない足で立ち歩いて それでも心の奥底で みんな愛して感謝してるのを 秘密にしているの いいえ 秘密にするつもりはなく 声低く小さくかすかに歌いつづけている 声高は恥ずかしいから 恥ずかしくないほど そっと堂々と