『出雲スケッチ散歩』(島根日日新聞社)の発行を祝して

 瀬本あきら



 私の老化のためかどうか分からないが、この数年間の世の中の動きにただただ戸惑うだけで、頭

を整理して対処できなくなった。以前私のブログで人間の生きる方向性とか使命とかについて私は

述べた。しかし現実はそう簡単に事が運ぶわけではない。自然災害、経済・政治の低迷、世の中に

漂う不安感。そのために混乱した心的状況のまま私はこの項の原稿に臨んでいるわけである。

 そのためか私は最近とみに書店に入ると頭がくらくらするようになった。何故か。本のタイトル、

装丁などが目に突き刺さるように感じるからである。だから、本を選ぶ、立ち読みするという余裕

がなくなる。早く出たくなる。そういう中で私はこの本だけは心落ち着かせて見ることが出来た。

著者本人から既にいただいている本であるので、私は書店に並んでいる姿を確かめに来たのである。

 著者の一人、杉原孝芳画伯とは幼友達というか、よき相談相手である。何でもかんでも相談して

アドバイスしていただいている。絵の好きな私は購入した絵をアトリエに持ち込んで感想を求めた

ことも度々あった。かつて同人誌の表紙を全くの無料で描いていただいたこともあった。また、こ

の文章を掲載しているHP『座礁』の表紙絵と各ページのカットはすべて杉原氏の作品をずっと無

料で使用させていただいている。ご好意に甘えていて申し訳ないと思っている。私はこの度の出版

の原動力は杉原氏の絵の力量とすばらしいフットワークだと思っている。

 また、文章を担当された原崇久氏はある高校で一緒に勤めた同僚である。専門は地理学で、郷土

の歴史の方面でも造詣が深い。お二人は師弟関係だと聞いている。原氏は杉原氏が開いておられる

ある絵画教室の優秀な生徒さんだと聞いている。理論家で弁舌に優れ、書いた文章に対しても事実

関係を何度も調べて確認してから発表するというきめ細かな配慮をされるお方である。

 さて、その杉原氏と原氏の共著『出雲スケッチ散歩』(定価2000円)という画文集の簡単な紹

介をしたい。

 私は『島根日日新聞』に平成20年10月から22年9月まで100回にわたって連載されてい

たことはよく知っていた。スケッチの地点は必ずしも有名な所ではない。裏通りの一見寂しげな感

じの建物が登場したりする。勿論誰しも知っている地点も描かれている。杉原氏の絵を見て、原氏

によるその地点の歴史的な事柄の解説文を読むと、そうかそういう歴史があったのかと感心する。

そして、その地点に本を携えて出かけたくなる。この本は書店で私を精神的に落ち着かせた。まこ

とに貴重な本だと思った。

 類書が他にありそうな感じがするが、写真主体の観光案内に関する本だけで絵画を主体にその地

の歴史を語った本は調べると皆無だということが分かった。ということはお二人のこの度の仕事は

歴史に残る偉業だと評価するに値する。一読して、書かれている地元に住んでいながら分からない

ことばかりだと知らされた。書かれている地域は出雲市を中心とした地域である。それに一部斐川

町の風景が加えてある。今年10月に斐川町は出雲市と合併した。ということで、もし重版の企画

が立てられれば、ぜひ斐川町の全域に目を配って数ページ加筆していただきたいとも思っている。

 杉原氏の水彩画は(勿論油彩画もだが)全国的な高い評価を受けている。県内の百貨店で個展が

何度も開催された。また数冊の水彩画に関する著作がある。すべて日貿出版から出ている。併せて

一読をお勧めし、この度の出版に対して、いささか時機を逸した感があるが、心からお祝い申し上

げます。                                     

                                         (了)