ひょうたん夢話 W



木の若芽

裸んぼうの石の上 裸んぼうの水の中 裸んぼうになりたかったんだ まっさらの木の前 まっさらの空の下 まっさらになりたかったんだ みんないっしょに裸んぼうのまっさらになって 風に吹かれているの 夢に出てくるいろいろな場所は ひとつの山里の一部一部で ぐるりつながって海山くるめ そのまんま現実のこの土地だったと そう確かに思うところがあったのです ほんとうに ほんとうよ この川は前に夢で舟下りした あの岩と岩の間に渦があるのも知っている あの木々のむこうに沼があって しばらく後の夢で自転車で一周した 忘れられない星が花火になった夢で火の粉が散ったのはこの海だった そして夕べの夢でまちがいではないとわかった 両方がしっかりと手ごたえあるわたしの真実だと わたしの見た夢はみんな大きな壷鍋に入れます かすかなとろ火でじっくりと煮ています もう何年も 毎日詩としてすくいとり 毎晩見た夢が足される こうして増えも減りもしないけれど ほんのほんの少しずつ味はよくなっていくように かたときもわたしはこの壷鍋を離れません 今日も明日も煮つづけているのです 眠っているうちに あかげらとこくまるがらすが 枕の上の窓ガラスに穴をあけた 部屋に入ってきて 口さみしいときの果物をとっていった 外に出て追いかけてみたら 青いよたかが草原から飛び上がって驚き 白いみみずくが湖面低く舞い上がる 鳥の国だった あかげらとこくまるがらすは共謀して わたしを鳥の国につれてくるために穴をあけたのか 鳥の国の鳥たちは人と同じ目をしてる いや 人よりやさしくかなしくすみとおってかしこい目 あらゆるものを迎え入れ そのもとで安らがせる宇宙樹に吹く風 おお 心よ 耳をすまして聞け むかし好きだった歌がまじって聞こえるはず 服が汚れたってかまわないわ ちがやのいっぱい茂る湿原で 踊るのにちょうどいい岩を見つけたんだもの 何日も何か月も何年でも ここで踊る 自然から何かひとつ恵みを見つけたら わたしは十の歌と踊りをするわ そんなしみのついた服じゃつれていかないぞって いいのよ わたしここで踊ってるんだもの 去年の秋の落葉から 青々したのは いち に さんしょ しそ ごまはないかな ろく しち はち くみんはないか とうがらしはござらんか 山の上の草花のような人たちが いつもそっとわたしのことを見ています どこからともなくかならず かげや足あとや笑い声のこだまが残っています すばらしい琴の音が聞こえてきたこともある 花もようのゆかたを着た小さな女の人でした 仁丹みたいなお菓子を一斉に口にほうりこんで すばしっこい新任の先生にあいさつした 本屋さんの本棚のはじっこに わたしのわらばん紙とじを置く場所をつくってしまった 妖精のようなふわっと軽いお菓子なら30個食べると ぷくぷく微笑むのは太っちょのお姫さまでした 風鈴をつるした朝早く草とりをしていると 草たちがどんなふうに増えて生えて広がって わたしの近くにやって来るのかがわかりました 根をはわせてつるを伸ばして葉を放射して実を飛ばして だからいつもかならずそばにいて そっとどこからともなくわたしのことを見ているのね 不思議な草花のような人たちと 知らないうちにすっかり仲良しです なんて時を得た夕立だったろう 日の沈む前に降りやんで ほこりのおさえられたしとやかな空気に 今日の終りのあいさつをする鳥の声を響かせ 今日のねぎらいの手を差し伸べる日の光をしみとおらせてるのは 心宇石から生まれた風雲の神 しなつひこの空 しとどよ飛べ しとどに歌え 好きな人に切れた草履の鼻緒を結んでもらいたい とてもとても高貴なお方が ふつうの人々にまぎれるようにして まちがえてやって来てしまいました ほんとになごやかなやさしいお顔でした だから騒ぎたてないで そのまんま そのまんま 木陰のさやぐようにさりげなくしていましょう その高貴なお方が好きなだけいらっしゃって さて出発される時がきたら わたしはこっそりお供になるつもり だから今のうちに誠実に 庭掃除や釜戸番をしているのです 山では木守りさん 海では魚獲りさん 川では水車番さん 原では畑もちさん 彼らとまっさきに仲良くなります わたしの知りたいことをそれはよくいろいろ知っている 「めったには教えないんだが」とか言いながら けっこう気前よく教えてくれる そうなるようになるには たくさん話をするよりも だまってついて行っていっしょにやってみることだ 「だれも知らない沢につれていってやろう」 彼らのほうから誘ってきたり 「秘密の近道を通ってほかのみんなより先に行って待っててやってくれ」 と頼まれるようになったある日 池の水鏡をのぞいてみたら 映ったわたしは以前とまるで別人 木のような赤茶の肌に草葉のような黒緑の髪をして もういっぱしの森女になっている 太陽の光のかわりに わたしの光で照らして 雨のしずくを輝かせよう そしたら水晶球のように 何が見える わたしの夢の場面の 木や山や森でしょう あなたの光で照らしたら 何が見えるの ねえ ねえ わたしは光る 木の呼吸法で わたしの息は光る わたしの心臓も光る 心も 魂も 木の呼吸法をして ほがらかだよ 木とわたし 雨にも晴れにも 木とわたし ほがらかだよ 鳥のように わたしはお留守番 夜みんな行く先は秘密にしてどこかへ行ってしまった 一人で木のある地図を見ていた 鳥が飛ぶ地図を見ていた ここを通って この道に入って この木を過ぎて この鳥と出会って わたしが留守番をしているのは 一軒家ではなくてひとつの星 たくさんの人はいるけどみんなの心は この星の気持ちをしろうとしない この星が今何を思い 何をつぶやいてるかわかろうとしない だからこの星は空っぽと同じ わたしがそのお留守番 みんな帰ってくるかしら 宇宙で食べるごはんはおいしいですか この星で食べるごはんはとってもおいしいよ 木があり鳥が飛ぶこの星の地図を広げて わたしはほがらかだよ 心を開くと地図も広がって ほんとの世界とひとつに重なる わたしは地図の中に入ってしまう そのときこの地図を持っているのは わたしじゃなくて だれだろう 「君のいるこの星だよ 君がいてくれるこの星の僕だよ 君に木をあげよう 鳥もあげよう いっしょに仲良く僕のところにいてね」 その声にはっとして 机の上の地図のページに目を戻すと 今までよりたくさんの木が茂り鳥が飛んでいて わたしと星が会える場所の目印も描かれていた 歌を聞かせに行こう 畑へ行進して行こう 楽しい歌を歌ってあげよう 野菜に稲に 歌は栄養 肥料とは別の大事な栄養 大地や天空 水や光の歌は いのちのリズムと心をそそぐよ 野菜も稲も大きく強く美しく育つ 棚の整理やお風呂掃除 今までやっていた仕事が片付いて ふと外に出たら急に 行きたくなった 行かなきゃならないと思った 山が間近にある あんなに青く 野の小道が続いている こんなに花咲き乱れて ここでも仕事の合間 仕事しながら歌っていたけど もっと山で野で歌いたいの わたし この足があってよかった 友達の妖精の子がいてよかった さあ みんな出ておいで 畑へ行進して行こう よくある町のようだけど よく見るとみんなどこか変わってる この草あの木 この猫その鳥 ありふれたもののようで 実は今まで見たことのないものばかり ここは若返りの蘇りの生まれ変わりの泉がある土地だから わたしも入ろう 着ているものをその場でぬいで 近くの岩木にかけて 一日かけて泳ぎつかろう 町の若者がその着物を盗んで行っても この泉から出たときわたしは 若返って力蘇った 生まれ変わった姿をしているから たとえば蝶のように 体そのものに色模様がついて 魂が宙をのぼるように舞い飛ぶすべをそなえるの 大きなやさしい恐竜が迎えに来てくれる うっそうと深緑の森をかきわけて わたしを背中に乗せて 妖精の御殿へと おせんべいほどかたくない 海の香ばしさをもった クッキーとパンの中間みたいな皮に クリームほどやわらかくない 森の花の甘さをした あんことおとうふの中間みたいな身をはさんだ 精霊の若返りの泉の名物土産菓子 わたしを田んぼに 畑に 果樹園に 牧草地につれて行ってください 愛の睦言を交わし合うにも 芋虫になって草むらや畑のすみで むしゃむしゃと緑の葉っぱをむさぼって見たいと思ったりもするわたしですが かえるになって青い田んぼの中で ぺろぺろと稲の虫をつかまえてやりたいと思ったりもするわたしですが 笑ってそれじゃあって 清流や涼林に誘ってくれますか 眠りながら踊り 眠りながら歌う人を見た 彼は本物 彼こそ真 わたしももっと高くへ行こう 詩のキャラバン やさしい人々の協力をもらって もう少し もう少しと高くへ行こう やさしい人々は下に残って待っている 彼らのためにも わたしは高くへ行こう 眠りのように夢見て踊り 眠りながら目覚めて歌う わたしも本物 わたしも真 澄んだ遠浅の海に立てば 広がる水底 宝の森 海を守る使命に駆られる 欲しいだけではなく 必要なだけ 長い棹網できらきらした海生まれのものたちをすくいとって 歌いながら卓に並べれば はじまる宴 宝の泉 海を守る使命に駆られる 山は海をかこんでいて 海は山をとりまいている 陰陽のように渦巻きだせば まるで眠るための音楽を奏でる蓄音盤 海と山を守る使命に駆られる その歌を探して その歌を心に刻みつけて 山の上から海を守りたい 海も下から山を守ってくれている ことばのまったくない夢で 緑の葉と花のつぼみを揺らし 土に根をはっていた そよ風にゆっくり踊っていた 空から聞こえてくる音を聞いていた まったく言葉はなく幸せな五感だけが 左右に揺れ まるく回りながら 目が覚めるまでつづいていた 言葉で表わしたり考えたりのまったくない夢 ありのままをありのままに 受けとめ感じ喜ぶ夢で 花になり 木になり 空と大地になる 行き慣れた故郷への通い路が 夢のはじめに必ずあらわれる これが夢の通い路 こっちよ こっち 勇み足で行こう ほんのしばらく乗っただけで 動かないのに遠くまで行く それが夢列車 さあ飛び降りて 長い階段を調子よく駆け下りて 美しい木と石のある緑道に出るわ 人が彫ったり描いたりしたようだけど これが天然自然の造形だと言ったら この奥の杜に行かないでいられないでしょう その神秘や歴史やいとなみを感じたいでしょう そう思う人はすてきな人の証拠 さあすてきな人たちよ ほんとに大好きなことをしよう 大きな才能 小さな才能 大小なんて関係ない その中身さえ何だってかまわない 美しいものを愛する人には 美しいものをつくる力がきっとどこかにある 大好きなことをしつづけたら 生まれつきどこかにかくれているものが目をさましてくる わたしにも目に見えない 水のような風のような美しいものをつくる力が きっとどこかにあるようだわ 自然の中で詩と野菜をつくって 歌い語りながら漬物をつくって 草木と遊ぶ夢を見ながら子どもにそれを伝える そんな才能ならわたしにもありそうだわ 夢の故郷は 夢の降る里 夏も雪の消えない山の下 ほら穴から地中にもぐって 氷の炎の老人から 大事な許しをもらいに行く 老人は半分目覚めていて半分眠っている 頭を下にして体をまるめ なにごとかをつぶやいている 今回はまだ許しをもらえない 亡くなった祖父は今ごろこんな姿で 木に生まれる準備をしているのだろうか ほら穴の口には母がいる わたしの母 母の母 自然の母 太母が とても年をとったので この先のことをわたしに伝え残すために 今までにないおごそかなたたずまいで この山にあるもののうち 使ってよいもの 手をつけてはいけないもの 守る方法 手入れの方法 淡々とだが心をこめてわたしに説く そしてふと ひとこと 海の父もなにごともなくやっていると わたしは生きている間に 母を 母の母 自然の母 太母を 安心させるように受け継ぐものがある 父を 父の父 宇宙の父 天父を うなずかせるように果たすことがある 麦藁で織った扇を持ち 踊りの中に加わった 扇は風を起こして回る もう一方の手でそれを操り流し出す 踊る人々は面をとり 自然の民の顔を見せ 舞台を下り山の方へ踊りながら歩んで行く 山と里が互いに近づき交わる季節が来たのだ 山へ行っても忘れないよ 街のことを ビルや地下道やレストランやターミナルに 人がひしめいて暮らしていることを 哀感とは忘れないやさしさなんだ 思い出を誘う鳥よ 白い翼よ その形をした鉄の勇気よ 幼い頃紙ねんどで小指ほどのものを作り それに鉄の勇気と名付けて宝物箱に大切にしまっていた そんな思い出を誘い出す夏の鳥よ おまえが鳴き出すと夢半ばでも起きてしまう 小さい頃の宝物を思い出すことができますか もうなくなってしまったけれど 心の中にちゃんとあるのです 色あせずこわれず そのまんまに あのおはじきが また今わたしに光る夢を あの人形たちが また今わたしにいのちの喜びを あのおもちゃの指輪が魔法を信じることを 感じさせています 小さい頃の宝物の思い出はいつも 希望の原動力になってくれます ぶどうの木の屋根をくぐりぬけると 緑の芝生の上に芝刈り機と 小さな赤い足踏み自動車があった それから鉄棒を組んだゆりかごぶらんこも そこに行くのはいつも夏 草の匂いとまぶしい太陽 それからカルピス あの庭にまた行くために眠りに入っていく 庭の夢の前に出てくる風変わりな宿や 偶然出会った友とのお茶話の夢は さっさと通り過ぎないと 朝が来てしまったよ あの庭の夢がまだあらわれないうちに でも大丈夫 今朝は感じるものみんな あの庭からやって来たように思えるの わたしたちは旅の劇団 鈍行列車に乗って それぞれの役の歌を作り合って 歌合せ 歌垣をしながら 劇のつづきを作っていく 監督団長は宇宙劇場の支配人 兼自然物語の原作者 歌の途中で迷いつまっている友よ ほら 川が流れてる 見て見て 緑の水が青い水ととけあっていく 青い葉と緑の葉が岸辺でそよぎあってかさなる 娘が立っているね ほほ笑んで 愛する人を待っているんだ その男は娘を愛するあまり 不器用になっていらいらと反対の岸にかくれている 劇場の天井裏の天使をつれてこよう おもしろくなってきたよ と 娘と男をひとつの舟に乗せる誘いの役 得意な恋の誘い歌で いつもの赤いチョッキを着て ころがるように出ておいで 宇宙劇場自然物語監督団長 舞台づくりをお願いします 白い服を着て白いピアノを弾いて 舞台が一回転すると 青い服を着て青いピアノを弾いて 歌っているのは同じ歌だった 空の下を人は歩き 空の下で人は愛し 空の下で人は夢見 空の下に人は生きる 空の下はわたしたちのふるさと 空の下がわたしの天国 ささやかに歌うほかに 空高く飛ぶのもわたしの得意 ふだんはこんなに小さいけれど その時は大きな白い翼をつける 光の網に助けられて さあ飛ぶよ 叫びたくなってきた 「みんな 愛と勇気を 涙も笑いも 愛と勇気に」 さあ飛ぶよ 白いつばめに変身してゆく 体が光りだしたら 光の網ももういらない 物語の国ヨーロッパ 詩歌の国アジア 白い翼の光で歌わせて 世界をひとめぐり 帰ってきたら翼をとって ふだんの小さいわたしに戻り 夢で見たことのように話してあげる 本当に飛んで見てきたことを