ひょうたん夢話 U



木の若芽

黄金の子 無心に遊んで待っておいで ぶどうの木を植えてくる 占いの絵を描きその示す方に やはりほら 太極の蝶が飛んでいく よしいざ 芸農の民の道を行く 田楽士なり我 *** いろんな国のミューズたちが集まってきて 山はたいそうにぎやか 景色も植物もいっそう豊か 学ぶことがいっぱいです わたしのまだ歌ったことのない景色も たくさんたくさんあるのだと そのひとつひとつ暗い川にあかがね色の光が ななめに射し入ってくる光景を美しく詠んだ詩を まず暗唱してみるけれど上手にいかない 声に大きさとはりがあっても まだ光景のこころをつかんでいない 出会い尽くせないほどたくさんたくさんの景色があるから 新しい景色に出会うことは幸運なこと ひとつひとつから詩と歌を学びたい ひょうたんの池でどじょうをすくう仙人僧 神の猿が棲む五本の扶桑樹 一面の夕焼け野の向こうの青い山白い山 曲りくねった道が一本だけ通る山坂の小さな村 絵も描いてみたいけれど どの景色にしようか決められない 迷ってばかりいたらごはんの時間もなくなってべそをかき ほかのミューズたちにおいていかれてしまった ぐずなわたし はずかしいほどのひとかたまりのパンをポケットにつっこんで 一人で七詩人めぐりをしよう 芭蕉さん リルケさん 杜甫さん タゴールさん まどさん ヘッセさん … さいごのひとりはだあれ *** みんなが出会いがしらに拝み合って通り過ぎる野山 わたしは何も拝まれるような者ではないと ひたすら恐縮して拝み返す けれど自らをそんなに卑下することはないのだ お互いに気持ち良く拝み合うがいいのだ なんとなくそうわかり始める 自信がもてた 緑の浜についた 森を上から見下ろすような木々の海 海底からそびえ立つ一本一本の木の頭は波だ 果てしなく続いている ここからさらに行くなら 高い竹馬に乗って船出する 木々の波の上を 風に道を教わりながら ついに境にやってきたらしい それを示す標の石が立っている ここを折れてつづらの坂を再び自分の足で登っていけば 過去と今の境に出る めったに人の通らない荒れた岩坂だが くずれかけた道祖神が笑っている 実はそこは高さはないが どこよりも高いところなのだ すべてが見えるというが 霧に包まれてめったに見えないのだ 紫の霧が青ばんだり赤ばんだりするのを じっと見ながら夜明けのある一瞬を待つ *** 田で人に出会った 初めてその人といっしょに苗を植えた 植え終えてからあいさつし握手した 苗といっしょに笑い顔と愛も植えていた その人といっしょに畑に行った 遠くに山が見えた あの山につらなっている土を耕した 耕し終えてから並んで山を見た 土といっしょに心と夢も耕していた いろんな場所を探したけれど ここに決めよう もうこれ以上さがしても迷うだけ だってここなんだもの わたしが耕され植えられるところは 種は何十年と眠りただよっても 時と場がかなったら根づき芽生える わたしの体はマングローブの種だったの 心はやなぎの種だったの ここに来るために去らねばならない場所に 感謝をして でも別れではない だから見守り育ててくれた大きな木よ あなたの下で写真はとりません 荷物はほかの人々に残してゆこう そのかわりみみずをつれていきます わたしの行く先の土地を肥えさせてくれるでしょう わたしはついに根づき芽生えて やがて 見守り育ててくれた大きな木、あなたになります *** 貧しい村だけど 毎年こんもりとまんまるく花を咲かせるさくらの木がある その花はわたしの願ったものになってくれる 花咲いた木の妖精と踊ろう 花盛りの下 裸で 花の香と光をまとえば 服はいらない 腕にさくらの色がうつる 胸にももの花もようがうつる 腰にぼけの彩がうつる わたしたちは花にのりうつられて 裸で踊ろう *** むかし大切だったものが ざくざくあふれるくらい見つかる 絵本や人形や服や… 木もいっぱい 鳥や動物もいっぱい 途中の道にもうれしくなるなつかしいものが 落ちていたり埋まっていたり それを見つけながらたどって行けば 迷うことなく行ける素晴らしい世界 わたしは先に行くから あなたも後から同じようにしておいでよ きっとだよ これが切符 誰でも持てるわけじゃない ちょっと特別な切符よ 持った人の夢や思い出が絵になって浮かび出すの わたしのは青くて 百花繚乱の木の絵なのよ あなたが持つとどんな絵が出てくるかしら *** 北の方 町のはずれの 青い海の見渡せる丘が花畑になる季節です 淡く白っぽい緑の草のじゅうたんに 赤青紫の小さな花がちりばめられて 黄蝶が舞い飛んで 白い羊がのんびり遊んでいるのです わたしは町を追われて丘のまわりをさ迷うみなしご けれどこの季節 たくさんの友を丘の上で見つけます 光の子や風の子 水の子や土の子 みんなもみなしごだったんですって だからこそどこにでも行けるしいるんですって でもこの丘がとっても好きだと話してくれました 切り妻屋根のみなしごたちのための家 玄関を入って部屋をぬけてバルコニーへ出たら わあっ なんていちだんとすてきな花畑でしょう 羊ところころころがって 蝶とひらひらじゃれ合って 花とらんらん笑い合って 幻じゃなく 嘘じゃなく 永遠にここで遊べるのね 町を追われた時のことが 頭の中で最終上映されます すれ違い始めた人々と さんざん探しまわりつれまわされて やっと茶店で休んだところ また外の様子が不穏になって 散り散りに駆け出したのです 飛びこんだ建物の中で飼われているうちに 化け物になってしまった山の鳥に警告され なんとか出口を見つけ 町を出る野菜を積んだトラックのトマトのかげにもぐりこんだのです しばらく走ってとんびの声に教えられて この丘のふもとにころげ降りたのです この身の上話は最初で最後 羊の毛にくるんで枯れた花草でしばり 蝶のりんぷんをふりかけて 青い海へ流します それからみなしごたちといっしょに崖を走っていきます ああ うれしい *** 海辺の古い大木に たくさんの生き物が寄り集まっている 弱いもの 強いもの やさしいもの 勇ましいもの 大木はその重みをひき受けて 少しずついのちをけずってきた きつつきが幹をたたきはじめた もろくなった樹皮はあっというまに大きな穴があいて おがくずがこぼれた 土に近くなったおがくずが もっと前にあいた洞には かわいそうなほどガラスやプラスチックやビニールのごみがたまっていた 取り除いてやるうちに泣けてきた このごみはカラスやタヌキが拾ってきて投げこんだんだ 泣かなくてもいいよ どこからともなく現れた青年がそう言った この木は人にも重い責任があることは知ってる でも人のせいにはしない 大木はすべての運命をひき受けてやさしくいのちをけずっていく *** 新しいきれいな家に引っ越すと いつか誰かが決めていた 私がまだ本気になれないうちに 荷物はどんどん箱に入れて運び出されて がらんどうになっていく 古い家 はだかになっていく 樹の家 ますます広く大きくなった しみじみ高く太かった あらためていとおしんでいるうちに ふと気づけば もう誰もいない 私ひとりとり残された 古い樹の家に 一つの家具もなく でもそれでいいのかもしれない それがいいのかもしれない 何が起ころうと 誰がどうしようと ここが私の宇宙樹の家なのだもの がらんどうではだかになったから 今来たばかりの春に これから新しい栄養を吸い枝葉を出せると思えば *** こった仕掛けの空中ブランコ ガラスの塔の中を揺れる 少し乱れただけで飾りのガラス絵やガラス瓶が割れて砕け散る 失敗してけがをして その罰にむちを打たれて気が遠くなりかけたら 残る力をふりしぼって森へ逃げなさい 私にも喜ばせてあげられる人と その方法が 樹の上 山の上に見つかりました ひとりになっても傷ついても また再び元気になれる 偶然逃げこんだ山の樹が 私の中から出てきた宇宙樹、その樹だったからです 私の中に生え、私を中に住まわせる樹 私が助けを求めた時は どんなところにも現れて守り癒してくれます オルゴールのような音楽と おとぎ話のような夢景色で これを奏で見せてあげたら喜んでくれる人が 樹の上、山の上にいるのです 私も毎日その人も毎日登ってくるのです *** 豪華な食事に招かれて 御殿のようなホテルへ行った 身の毛が逆立つような素晴らしさ 荷物は上階の部屋において ロビーで待ち合せ レストランへ入る段取りは 優雅に華麗に行われるはずだった けれどなぜかはわからない 鍵をかけなかった部屋から荷物は盗まれ 待ち合せはそろわず レストランは何者かに占拠された ホテルは砦になり変わり 客人はパンとワインだけしか与えられず 逃げたり参戦したり静観したりしている 皮肉な紳士と気取った夫人の声は聞くまい そしてわたしはこの現状に愛と勇気をもって歌えるかと 何かを呼び覚まそうとしている *** ほんとうの願い事の天使を見分けましょう 願い事のひとつひとつには天使がいるのです あなたの願い事の天使はほんとうにその天使? その願い事はほんとうの願い事? そしてほんとうに願っている? 150の願い事を見つけたらかなえてあげる と笑って言う天使がいて ひとつの願いを150回くりかえしたらかなえてあげる とおだやかに言う天使がいた 願い事は数や質ではない 願う人の心と天使の心の強さです 同じことを願っているなら力を合わせましょう わたしも一つ目少女も山姥も のんき太郎も山賊も 同じ願いを持つ者どうしは仲良く愛し合います どんなに見た目や気性がちがっても 同じものを食べてみませんか 同じ仕事をしてみませんか 同じ乗り物に乗りませんか だって同じ願いを持っているのだから 同じ天使に会いに行くのだから それがわかったらもう用心深くなることはないでしょう 一つ目少女と手をつなぐのも のんに太郎を手伝うのも *** 何のための舞台だろう わたしがしつらえたり掃除したりしているのは てんてんと場所を変え旅しながら こうしてなにを修行しているんだろう 舞台は小さく箱のよう 住む家は薄暗く洞穴のよう だけど舞台のある世界は大きい 住む家のある世界は広く明るい おそれずに受けた意地悪な試験に ばかな答をして合格して 旅の一座から独り立ちする 洞穴家から大きな蛇と美しい狐が現れた 蛇はわたしの体に巻きつき 狐はわたしの背に宿った 箱舞台にもつれてゆく何かが残っているのを 迎えに行こうと水脈に沿って歩いていく 途中で幾人か味気ないあいさつやからかいのお世辞を言われても わたしの期待するのはもっと遠い別のひとすじにある 小さなきいきいという鳴き声と 翼のはためく音がする 迎えを呼んでいる あれはこうもりだろうか 東のわたし 西の蛇 北の狐 南のこうもり わたしはぶな 蛇はすぎ 狐はまつ こうもりはぼだいじゅを持ち寄って 家かつ舞台かつ乗り物かつ社を作り始める *** 信じることや愛するものがほんとうにわかる歳になった それらを守るためなら ふだん静かでのんびりしていても いざとなったら闘う 賢い勇気を起こせる 相手が横暴でも頑固でもひねくれでも だけど闘いながら心の中であやまっている ごめんね ごめんよ 戦いが終わったら深々とあやまる ほんとうにごめんなさい そして次の瞬間 さわやかな光る風になって 坂を軽く駆け上がっていく木を追いかける *** つたなく気楽な手遊びの庭でも詩でも やさしい微笑みの眼差しで見てくれている賢い老人たちが そばにいるような気がした それはみんなわたしの祖先で 今は地と海と天へ帰り 森と水と光に変わった人たち 黙ってただこんなにやさしくわたしを包む わたしはときどき自分の行いにため息をつきながらも 包まれているおかげで元気は失わない とっても愛してくれているけれど 放りっぱなし まかせっぱなし 自由にさせて何にもかまわない でも愛してくれているのは間違いない まるで宇宙と同じあり方で 彼らはわたしのそばにいる *** へんてこな人が へんてこな夢を見て へんてこな気持ちになって へんてこに笑って こう思う へんてこは楽しいな へんてこがいいな 布団をいっぱい敷いた上でバレーボールをして そのコートを囲むように並んで両手を高く上げて スコアを指折って数えていく マッチポイントになったら だるまさんがころんだ で誰かが鬼のつなを切ったみたいに わっとみんな逃げ出す へんてこてこ 好きな人を思い切って映画に誘う 原作の本を買えばチケット割引に 映画館のカフェでも値引きになる お得なデート 映画はハードボイルドだけど 坊主頭のその人は緑色の目をしたわたしの誘いに いいよと言うだろうか へんてこてこ 山の上目指して さあ一斉に出発 ふつうに歩いていっちゃだめだよ かにさん歩き や 二人一組背中をくっつけてなど みんなと違う歩き方で登っていくんだ ころんだりすべったり 泣いたり笑ったり 大騒ぎしながらのろのろと まだ少ししか来てないのに疲れちゃった 上を見たらまあだまだ道は長い でもその道はとってもとてもきれい 草花や石像や光る水玉で とちゅう通る村はお祭だ よっていこう 休んでいこう 宇治金時とトマトジュースがおいしい へんてこてこ 透き通った地下の夢の回廊ぐるぐる 聞こえてくるのは 物売りの呼び声だったり滝の音だったり 母のしかる声だったりすずめのちゅんちゅん鳴く声だったり ところどころに 大きな壷が置かれている へんてこな夢はこの壷から飛び出してきて わたしの口の中に飛びこむ するとだ 頭のてっぺんから木がはえてきて話し出すんだ へんてこな夢を まるいものはすべれない ころがるばかり まわっちゃう わたしがへんてこなわけが なんとなくわかった *** 羽が頁になった木彫りの鳥の形をした本を 翻訳しなければならないので ごめんなさい 今日はおつきあいできないのです ああ それを聞いて 紳士はさっさと荷物をまとめて帰ってしまった 気分を変えに散歩に行こう この森 この谷 いつも歩くと あの鳥 あの獣 初めて出会う 狩人よ 食べるためでないのなら撃たないで おおその鉄砲を見て 黒い美しい鳥は逃げてしまった 気分を変えに旅に出よう 大きな大きな湖の港 朝霧が晴れて蜃気楼が現れ そして真の島の寺院が見えてきた 真っ白のフェリー船に乗って あのオレンジの花香る島へ行こう 手が差し伸べられ席があけられた 最後の乗客 わたしのために その頃一人のびっこの小人が 不可能な夢を奇跡的に 一生に一度果たして 笑いながら消えていった また一人の謎めいた異国人が 不思議な火の跡を残して人々を恐れさせ 泣きながら去っていった 帰ってしまい 逃げてしまい 消えてしまい 去ってしまった 彼らをわたしは直接にも間接にも我がことに感じて 今紺碧の海に浮かぶ翠緑の島を目指している それは木彫りの鳥の形をした本に書かれた物語 *** 「ずいぶん古い学校ですね あなたは何年生ですか」 この学校では学年はないんです 「ずいぶん大きい教室ですね 次の授業はなんですか」 この学校では授業科目はないんです みんな一つの部屋で それぞれの好きなことをする いっしょうけんめい楽しくやる 掃除さえもおもしろくする 誰も見ない黒板をふいて 何にするかと思えば卓球台 床を掃くのはほうきにまたがって 草競馬ごっこをしながら だからみんな掃除が大好き 一日中やってることもある 「それは掃除じゃなくて遊びでしょう 勉強じゃなくて趣味でしょう」 じゃあ見てて どんなにみんな互いに仲良くやさしくしているか そして遊びながらちゃんと教室はきれいになっていく 趣味に熱中してちゃんと上手に賢くなっていく 「魔法のようですね」 あなたにとってはそう見えますか 自然にとっては当然なことが 人間にとっては魔法に見えるものなんですね *** 誰よりも無我夢中になって水辺へ近づいていく 岩と岩にはさまれたせまい道を下って 秘密の水辺がある 地下の洞穴の奥に八つ目の海がある どこよりも澄み明るく豊饒な海 誰にも言わなかっただろうね ここに泳ぎに来ると 数人の仲間だけそっと誘いあってきた 頭からもぐったとたん わたしも地上のすべてもかき消える エメラルド コバルト クリスタル パール 水がこんなに美しいとは エンゼル クィーン スター マドンナ 魚たちがこんなに華麗 底知れない深さまでらくらくと泳ぎつづけ わたしは海の中の森を見つけ 見たことのない実をつけた草をひともととってきた 水から上がると 探しにきた役人たちが待ち構えていて 禁じられた場所に忍び入った罰に謹慎を申し渡された でも誰も見たことのないあの海の光景が心から離れない もう一度もぐりたい 泳ぎたい もう決してかなわない夢 一度でも見れたことを幸い奇跡とわかっていても 願わずにいられない わたしの心の中に もっともっとすてきな海と森をつくればよい そうだもっともっと歌って わたしは謹慎中の部屋から歌い出す *** 山ではなんの不自由も不満にはならないけれど 町ではどうにもこだわりができてしまう 山ではなんでも食べれるのに 町ではほとんど食べるものがない 一人で山へ帰んなよ そうするよ とちゅう通りかかる里は 八百屋ばかり軒をつらねて 横丁へ入ると茶店と宿 素直な娘が床を掃いている 主人夫婦が大笑いしている そこで果物をもらって道具合を尋ね わたしはさらに山へ帰る なにが待つでもないが 樹と花があるから *** 毎日仕事が終ったらみんなで玉ころがしをするんだけどね どこかに遊び場へ行くまでに迷わせようとする人がいる お昼休みはみんなでごはんを食べるんだけどね 近くにいただきますの挨拶を邪魔しようとする人がいる 自転車で町を通り抜けて帰るんだけどね あの人わたしを追い越そうとして危なく事故になりそうだったのを人のせいにする でもね いつまでも関わっていないの 放っておくの わたしはわたし 玉ころがしに入れなければ木と踊り 食べそこねたら木に果物をもらい 自転車が悪いなら歩いて帰るわ 森へ森へ *** 荷づくりは一番遅いけど 心のしたくは誰より早くととのっています それがもっとも大事だから あとの荷物はどうなってもいい 大好きな木と美しい石畳のある寺に 雨にそぼぬれながら 最後でも別れでもないけれど 当分見れなくなるけれど忘れないよと 約束をしに行くことが なんと言っても大事 大好きな歌を音と声から生まれる色によって選り分けて 読んだり聞いたり歌ったりして親しい人たちにあげる 記念にすることが怠れない大事
木の若芽さんのホームページ 『宇宙樹の家』 http://www.h2.dion.ne.jp/~utyuuju/index.htm