ひょうたん夢話 T



木の若芽

丘の上で絵を描きたいの はるかに見える山の絵を 白い石の見晴台にすわって キャンバスをかかえた絵描きさん どうぞわたしもつれていってくださいな 見晴台のもっと上の牧場で 歌をうたいたいの みんなとまるくならんで 草をそよがせる歌わたしが教えてあげる どうぞ集まってくださいな 七色の石の小屋に行こう 伝説を物語るすてきな人形芝居がかかってるから 伝説は途中で終る つづきはわたしたちがつくるように残される 誰かが呼んでる もう帰りなさーい もう帰ってきなさーい どっちに帰るの 町か森か もうまちがえない わたしが帰るのは森の家 道々みかんやレモンやぶんたんが たわわにまっ黄色になっている ただよう霧に柑橘類の露がまじる この先の森には月が住んでいる 月のとなりの家に帰ろう 扉をあけると机の上で月が目を細めて笑っていた *** 白い女蛇が歩く足もとにからみついてきて 無言で我を汝の犠牲にせよと訴える 我を殺せば 血が赤と緑に 白い体と心を流れめぐって 瞳から金の光になって放たれるだろう 暗闇で水にぬれてしまったので もう一度祈り浄めに行く途中だった *** 思い立ってからあっという間に 高い山を登る鉄道の扉の左脇 いつもの席にすわっていた 一昼夜走ること三日三晩 たくさんの森を過ぎ川を越え雲を抜いて まぶしい山頂に列車は到着した 誰も見えないが いのちのにぎやかさで充ちている 土は草におおわれて 木々の葉はこまやかに あたたかい山壁に映る 四方にはさらに高い山が見える 左方に秋のにしきの山 右方に樹氷霧氷の山 前方に水豊かな青山 わたしは花香るこの春山に寝そべって 飽くことなく讃嘆にもだえていた まだ後ろを見ていなかった はっと気づいて振り向くと そこにも愕然とするほどすばらしいものが 何にもさえぎられず限られず 生きて在った まっすぐに地から天へ 貫くように目指し また結びつなぐように エメラルドのサボテンが聳え立っていた 一本のようにも三本のようにも見える わたしはもう動かなかった 動けなかったし 動かなくてもよかったのだ そこが愛と平和と自由の故郷だったのだから 宇宙の言葉で動物とも話をし いっしょに蜜の雨を受け それで体を洗い合う いのちの洗礼を受けて 大事な時には知恵の小猿が現れて いつもヒントをくれる ほかにも 蛇 りす 鳥 狐 狸 ろば 七匹の動物がわたしを助けてくれる 森の生活 山の生活の中で 人も動物も植物も種類という垣根はなく 何の区別もへだたりもなく いのちあるものという ただひとつの名前にすべてが名付けられる 洗礼の聖体である蜜の雨は甘露の日光 黄金の風 *** 姫が遊んでいる 水辺の好きな彼女は 夏はボートや水泳 冬はスケート 湖から小川のはじまるところでいつも遊ぶ 森は姫を歓迎して やさしい影でつつみ霧をかぶせ雨をそそぐ 水の好きな彼女に ぬれては大変 お姫さま おつきのものたちはあわてるが 彼女は森に隠れてどこにも見えない 自分が姫だと気づかれない白い簡素な服に着換えて 地下の小人の家へ行ったのだ 世にも稀な美味しいケーキを食べさせてもらった さくさくのタルトケースに熟した果物いっぱいつめて ゼリーとクリームでうっすらふたをした 森の宝箱のようなケーキ ハーブティーといっしょに ふたつどうぞと言われたけれど ひとつでもう満足 もうひとつはまた今度のために それが森の礼儀 いつも主は次の分まで与えて客は次の分は残す この礼儀を知っていたのでいくら簡素ななりでも 小人たちは彼女が姫だとわかる だから笑顔でていねいにお見送り 小人の笑顔は魔法になって 姫の服を花もようのドレスに変える 幸せいっぱいで一人もどってきた姫を見つけて おつきのものたちはまたびっくり こうして湖から宮殿に帰ってきた 姫の新しいドレスの花もようは不思議や宮殿にあふれていく *** 美しい木のある町を過ぎようとするバスを降りたら なぜかいつかいた町に似ていた わたしがここでできることなら何でもしてみよう まごころを信じて 失敗は恐れない そして木を見上げてはこう言う 木よ あなたは美しい 木にも多くの不運があった 今でも幸福と言えるのかどうかわからない こぶができ 枝はかたより 片側からしか陽がささず 雨は甘くなくなった けれどもいつも 木よ あなたは美しい 幸福か不運かは美しさに関係ない 木は美しい それはなぜ 木の心の清らかさがあふれる その一途さがにじみ出る 素朴さがただよう *** 高いところにみんなで住む家を建てられるかな それをやってる人たちがいるという わたしも行くことができるかな でこぼこ道だよ ぽんこつ自転車だよ 何度も止まって 何度もころんで 時間がかかっても 風景の色が淡くまぶしくなってきたら だんだん近づいてるしるし 高い山脈の真正面に 横長に部屋をならべた 扉のない長屋 これなら高いところにも建てられるのだ おじいさんは好きな時にらくらくとむこうの山へ行ける お父さんは番が来ると決心したようにむこうのふもとへ走り下ってゆく わたしはここまでがやっとでまだ行けない でもわたし向こうへ行く日までここにいる もう異国になってしまった故郷へは帰れない *** 山が育っている まるで木のように そこは人の心の山だ 人々の心が集まって美しく組み重なって 高くなり草木も茂り道もつき石も光っていく 山の遊びを考える 黒い星と白い星を拾ってきて それらに名前をつけて 模様に並べていったり 混ぜ合せて 歌いながら分けていったり 合図をつくって 頭の上で打ち鳴らしたり 遊んでいるまわりで 眠りこけてる人もいるし 何か食べてる人もいる それもみんな遊びの渦の中に吸いこまれて 山が音をたてて育っていく それにつれて人々の心も大きくなる *** 走るのが得意な人には走る自由がある 走れ 歌うのが得意な人は歌う自由がある 歌え 勉強も仕事も終らせてここにおいで 食べるのが得意なら食べる自由がある お食べ しゃべるのが得意ならしゃべる自由がある ぺちゃくちゃ 好きなことは悪気をもってなされ得ない それはみんな遊び それはみんな祭り みんなが喜び幸せになる 山も木も 人がそうあることを望んでる 山で遊ぼう 木の下で遊ぼう そうでなければ 山や木に向かって遊ぼう 早く来ないかな まあだかな もういいかい 山の遊び友だちはみんな虹色の手袋して 山のごちそうも食べられる *** 古今東西の偉大な詩人が残した彫刻 神の子の像や 自らの棺 それらの裏に刻まれた復活を予言する文字は 400X年と読める 稚拙とも言えるそれら像の顔に 言葉にたけた者の言葉にならなかった思いが 凄みをもってわたしにのりうつろうとする *** 霜枯れさせてしまった鉢植えに胸と腹が苦しくて ちそう も思うように食べられない 人の行かないところで 自然のままに生きている草木の力をもらいたい それにはそこへ行かなくてはならないのか 山へ行く人 あなたは山から宇宙へも飛んでゆくと聞いた わたしをつれていって わたしの上半身だけでも この心臓だけでも 切りとっていいから つれていって 春になったらきっと自分で登る けれど今 まだ冬のいすわる今は 誰かに頼らせてもらわなくてはならない 待ちなさい 待ちなさい 毎日をちゃんと生きて しっかり歌い踊り 笑い祈り祭り 毎日をたゆまず生きて 待ちなさい 待ちなさい ワタリガラスとタカの低く太い声 この島の真ん中の山々 この心の真ん中の木々 待っている わたしが来るのを待っている わたしは待っている そこへ行ける日がもうすぐ来るのを *** 着いたよ 待たせたね 用意はいいかい さあしっかりつかまって スピードをあげていくよ 小さな車は元気よく みんなを乗せて パン積んで 七福七賢の山を走り登る もぐらみたいに顔を出してる石小人の頭を 挨拶がわりにはねて踏んでいくと げらげら笑いながらころがってもぐっていく パンをその穴にころがしてやろうよ 着いたよ 高いところは寒いね 用意をして さあゆっくりあったまろう 七福七賢の温泉だよ 小さな湯船はお湯たっぷり みんなつかって歌うたって 老若男女も善人悪人もまっぱだか 花の香りがしてくるこのお湯は もっと山の上の杜からわいてくる 長い石段登っていくと一面の花の杜 七福七賢の精霊が祭をしてるよ 中に入ろうとすれば迎え入れてくれるだろうけど ほんとうは侵しちゃいけないその祭 そっとここで祭ばやしを聞いて思いをこらすだけにとどめなくちゃいけない 帰るよ どこ行ってたの 用意はまだかい 帰りたくないって おいていっちゃうよ 雨がぽつぽつ降り出した この雨がやむまで考えさせて 洞窟の中で そう言ってわたしは岩戸を閉めてしまう その岩戸も木々に隠れてしまう シイとブナとナナカマドの鬱蒼とした その七福七賢の山は こうしてときどき行って帰らない人が出るという *** わたしの翼は背中でなく 足のかかとについている だから一歩で高く遠くへ軽がると まりのようにはずんで行ける 蝶のようにふわりと行ける めったに会えない人たちも集まる心の家族の祭儀へ わたしも歌ったり挨拶したりするの 高らかに朗らかに 笹と竹の緑がたちこめてみずみずしい 少し霧けぶっていて奥光る 静かな美しいみ寺 わたしの礼服もたまたまながら若柳色に早苗色 白い大熊が逍遥し オオタカが滑空する 手をなめさせ 肩をかして 祭儀の間わたしは動物たちと杜の番をする すべてが終ってみな帰ってゆく時 わたしはめったに会えない人と話す機会をなくしてしまったことに気づいた すると家長の祖父が微笑んで特別にくれたものがある 赤い炎の象と黒い大地の亀だ わたしに足りないものが何であるかと彼は知っていた 感謝してそれをいただいて寺の門を出ようとすると たけのこの花が咲きましたよと寺の娘がひとこと言った ふしぎふしぎ 白く透き通ったチューリップに似た花が 細いたけのこの先に咲いている まるでよい別れにふさわしく
(つづく)

木の若芽さんのホームページ 『宇宙樹の家』 http://www.h2.dion.ne.jp/~utyuuju/index.htm