瀬本明羅



 ある地方の郵便局でのできごとである。

 「局長、大変なことが起こりました」と内勤の若い職員が青ざめた表情で局長のデスク

に駆け寄った。

 「君のたいへんは、もう何百回も聞きましたよ。で、こんどはゴキブリでもでてきたん

ですか」

 「いや、今度はほんとにたいへんなんです」

 「ほう、どんになふうに……」。局長は、いつもと違う様子に、内心少し動揺していた

が、タバコに火をつけると燻らして、余裕を作った。

 「百年以上前に投函された手紙が、物置の古い郵袋の中に残っていたのです」

 局長は、その言葉を聞くや、タバコをぽとりと手から落とした。慌てて拾い、また深く

煙を吸い込み、自らを落ち着かせようと焦った。

 「君、冗談が旨くなったね」

 「とんでもない、正真正銘、ほんとのことなんです」

 局長は、若い職員が手に持っている手紙を改めて凝視した。

 「見せて御覧」。手にとってみると、封筒の色も褪せ、消印のデザインも古くて、確か

に百年以上前の日付になっている。

 「どうしましょうか」。若い職員は、どぎまぎして、声を震わせている。こっそり始末

しましょうか。

と、口元まで出てきた言葉を呑み込んだ。

 「差出人は、……うん、住所は確かなようだ。あて先は、……うん、確かにここの配達

区域だ。……しかし、どうして……」

 局長は、若い職員をとがめるような目つきになった。

 「いや、私の責任を問われても……」。若い職員は今にも卒倒しそうなほど頭の血液が

逆流しそうになっていた。

 局長は、意を決したように突然に笑い出した。

 「深刻になることはない。このまま配達しよう。○○さんの家をしっかり調べてくれ。

配達は、……うん、△△君にさせよう。私も一緒に行く」



 局長と外勤の中年職員は、同期に就職していた。

 二人は、赤い色の車に揺られながら、別々のことを考えていた。

 局長は、○○さんの家が消えていたらいいと思った。△△は、既に死んでいる表書きの

人物の輪郭を、今の家族の顔かたちから想像していた。そして、この手紙に託されたメッ

セージの重い意味を考えていた。「自分がもし百年後への手紙を書くとしたら、だれに、

何を書こうか」。△△は自分の死後の百年を想定して思いに耽っていた。

 車が玄関に着いた。呼び鈴を押しても誰も出てこなかった。しんと静まり返っている。

 二人は、玄関の横に貼り付けた小さい紙切れを見つけた。



 <私たち一家は、長い旅にでます。郵便物、宅配の荷物など適当にご処分ください>



 局に帰ると、局長は事の次第を本局に連絡し、指示を仰いだ。結論として、差し出され

た局に送り返し、差出人に返すことになった。

 ところが、受け付けた郵便局で調査した結果、もう差出人の家はなく、その手紙は宙に

浮いた格好になってしまった。

 ……その後のことである。その手紙は開封されたかどうか、中身は恋文だったのか、幸

せの手紙、不幸せの手紙だったのか、△△は、気にかかってしようがなかった。しかし、

一外勤職員の知るところではなかった。若い内勤職員は、責任ということを考えていた。

そして、局長は、何事もなかったように仕事を続けていた。