星の記憶

――はるか未来の、地球のモノローグ――

高杉 露樹

ひんやりとした小さな太陽のもとでは                 時間さえもうつむきかげんに流れていく                それでも木々は芽吹き                        雷鳴は金色の紋様を刻印し                      雨上がりの空にひそやかな虹を置くのだろうか             だが わたしの視神経が唯一受容するのは               最も明るい黒と最も暗い白だけ                    かつて太陽フレアが放出した巨大な熱エネルギーを           畏れることなく                           じっと視つめたものだったが                     恒星が徐々に光を失うにつれて                    わたしの記憶も大理石のように風化していった             いつからここにたたずんでいるのか                  いつまでここにたたずんでいるのか                  時は不可逆だと                           生あるものはやがて滅びるのだと                   専制的な法則の前では                        すべての意味が空しく砕け散る                    そして 訪れるのは虚空                       沈黙と悔恨と忘却が支配する                     外部とつなぐ答えを遮断し                      あるいは見失い                           静謐の中に眼差しは固定化する                    だが 時として闇を貫き駆ける彗星のきらめきは            熱く脈打つ拍動を                          しばし わたしの指先によみがえらせる                それは新しい記憶を引き継いてゆくもの                再生は消滅と共にあるのか                      遥かな眠りのかなたにあるのか                   

都会の波
深夜の音のない世界の片隅で                     ぼくは独り 蒼ざめた憂愁と共に眼を凝らしている           喉に貼りついた しおれた舌と                    微熱で震える けだるい手足のまま                  日没を恋い焦がれる小動物のように                  ひたすら暗闇をたどり歩く                      真昼の太陽から この身をかばいつつ                 虚無を宿した灰色の視線で                      終日 群集の背中を眺め続けるぼくに                 怠惰な時間を浪費できる贅沢者と                   揶揄を含んだ ささくれ立ったジェラシーが              渦を巻いて とめどもなく押し寄せる                 ああ だけどぼくは溺れかけているんだ                都会に逆巻く高波に翻弄されながら                  そして いつか人々は見るだろう                   引き潮に気づかず 逃げ遅れたクラゲのように             熱く灼けた瓦礫の真ん中で                      干からびた魂を展示している                     悲鳴に似た ぼくの屍体を                     

月もかなひぬ
頭上でまたたくのは 張りぼてティックなハーフムーン         いつだって適当にズボラなあなたは                  砂ネズミをきどって キッチンの隅で眠ったふり                      今夜はいい気分だ                天井に貼ったポスターの女の唇を彩るヴィヴィッドな濡れた赤      曰く聡明な女は、退屈の意味を知らない=@             わたしはといえば かみ殺したアクビが12回                       まあ、そんなもんだ               懐かしのYMOを聴きながら たまりにたまった手紙をしたためる    こんにちはお変わりありませんかではさようなら=@         130通目にしてインク切れ                     カーテンを開けて夜空を仰ぎ見れば はや月は満月                     ビデオの倍速モードみたいだ           あなたはかさこそと起きだして                    お疲れ様まあ1杯どうですとグラスをかざす              わたしモスコーミュール あなた吟醸ツキノワグマ           おつまみはサカモトのメロディー                             無着色・無味無臭                夜もふけて 怪物異星人魔女あまたひしめきあう頃           しずしずと近づいてくるは 98年型中古廃棄物寸前ムーンセイル宇宙船 さあお嬢さん足もとに気をつけないとすっころびますぜと        あなたのエスコート                         ガタピシのコックピットに身を寄せあって               めざすは森羅万象の果て 星々の生まれる場所                       いざ!                     にぎやかに旅立ちせむと船待てば                             月もかなひぬ                               今は漕ぎ出でな                              (註:額田王の歌の、パロディ詩です)