花の咲き始める季節にあの森に行くのは初めてだから
                       木の若芽

あの道を歩いて あの木に挨拶して あの川に沿って あの丘を仰いで…… 朝のテーブルでこれから出かける散歩の予行をする 花の咲き始める季節にあの森に行くのは初めてだから 欲張らなくても もっと美しいものが見れるだろう もっと尊いものが見れるだろう 花の咲く木から来たやまがらといっしょに やわらいだ風まかせに歩いて 上見れば木の花 下見れば草の花 柳と桜をごらん あんな清楚な色の取り合わせはない 目のあかない赤子のような うすももむらさきのかたくりはまだつぼみ つつましく咲くのがかたくりの幸せ おちついてそよぐのが柳の幸せ はでやかに興を演じるのが桜の幸せ それぞれの幸せが互いをじゃますることなく 春の一日の中にともにあって これらを見るわたしの幸せも誰にもじゃまされず そんな人がすわるにふさわしい 日だまりの水辺の木のベンチもある ここは誰が来てもいい場所 ここに誰が加わってもいい踊りの輪があるといい いつもその輪の中には思いやりが守られている 誰がいつ悲しみに落ちこんでしまうかわからないから
あなたの緑のいのちに包まれると
                   木の若芽

何年も何十年もあなたはそこに立っている 木として 林として そして今こんなに高くなり 一本の道に軽く厚くかぶさってくる この道はいつからあったのか 古い木々からの新しい緑葉が 古い道を新しくする 重たさは軽く 厚さは薄い あなたの緑のいのちに包まれると 明るさは暗く 静かさはにぎやか あなたの緑のいのちにかこまれると あなたの奥へ続く道は 夢想へ連れて行く道 記憶へ導く道 静かな夢を見ているのだろう あなたの声は夢の声だ この響き方は あなたの色は夢の色だ この輝き方は あなたのはっきりした香り これが生きた木の正真の香り 深呼吸が ふだんの呼吸の浅さを思い知らせる 一呼吸ごとによみがえっていく わたしの香り ふんだんな緑の季節 もうわたしは自分の香りを忘れない なくさない
木にさわり、葉にさわりに出かけていく
木の若芽

ほどける花は枝を離れ、根にまた結ぶ。 わたしは結ぶ女。 木の上ではなく、根元にいる。 木にさわり、葉にさわりに出かけていく。 落ち葉を無造作につかむと、 体じゅうの細胞が、 その葉たちと同じになる。 にじむような一体感。 冬鳥の鋭い声が、寒さをやわらげている小さな林。 しずしずと流れているもの、しずしずとでよい。 せつせつと立ち登っていくもの、せつせつとでよい。 わたしをとりまいて。 ゆたゆたと結ばれ、 つらつらとつながれ この林の木すべてで一つの山。 帰ってきた窓辺から振り返ればそうわかる。 落ち葉をつかんだ手の感触は、きらきらとめぐる。 木にほほをすり寄せた、あの感触で 木にくちびるをつけた、あのときめきで 人々みんなを木と感じはじめた。 ほほすり寄せる心、くちづけする心は 実は不思議なほど単純だ。 爪の先ほどの芽は世界中を包むほどの愛にあふれている。
鐘も鈴も響くによい空がひらけて
                  木の若芽

石の美しい寺の門前に、斜めにそびえる松。 一年の感謝を伝える木を代表してもらって、 木詣でもとどこおりなく。 ありがとうを言うべきものや人、 そのすべての代表として、宇宙にありがとうと思いつつ 年の暮れの湯につかる。 雲が多いが、心が澄んでいるから 星月の声も聞こえてきそうだ。 自分にもありがとうと言おう。 よく努め励み歩ききった、と。 わたしのおかげでわたしは、一年の終りを踊ることができる。 天地、宇宙、そして自分 それだけを頼りにして踊る。 美しい、りりしいというのは、まさにこのこと。 狼のように、鴉のように、茨のように… 泉の音、初春。 木の肌、賀正。 炭火は平和にいぶり、鐘も鈴も響くによい空がひらけて、 祈りに来る人たちの快さは、今日万人のものだ。 海の外にも伝われ。 戦など二度と起こるな、起こすな。 愚者なら、真人なら、賢者なら 夜天にかかる星座の野獣たちのように祈ろう。 奇跡は外の世界ではなく、みんなの中にあって、 かなえられるのを待っている。 わたしに今日できる小さな行ないを 宇宙の大きな心でするようにと。
木の若芽さんのホームページ 『宇宙樹の家』 http://www.h2.dion.ne.jp/~utyuuju/index.htm